2016年05月31日

もののあわれについて815

夕霧「かく心をさなげに腹立ちなし給へればにや、目なれて、この鬼こそ今は恐ろしくもあらずなりにたれ。かうがうしき気を添へばや」と、たはぶれに言ひなし給へど、雲居雁「何事言ふぞ。おいらかに死に給ひね。まろも死なむ。見れば憎し、聞けば愛敬なし、見捨てて死なむはうしろめたし」と宣ふに、いとをかしきさまのみまされば、こまやかに笑ひて、夕霧「近くてこそ見給はざらめ、よそにはなにか聞き給はざらむ。さても契り深かなる瀬を知らせむの御心ななり。にはかにうち続くべかなる冥途のいそぎは、さこそは契り聞えしか」と、いとつれなく言ひて、何くれとこしらへ聞え慰めたまへば、いと若やかに心うつくしう、らうたき心はたおはする人なれば、なほざり事とは見給ひながら、おのづからなごみつつものし給ふを、いとあはれと思すものから、心は空にて、「かれもいとわが心をたてて、強うものものしき人のけはひには見え給はねど、もしなほ本意ならぬことにて、尼になども思ひなり給ひなば、をこがましうもあべいかな」と思ふに、しばしはとだえ置くまじう。あわただしきここちして、暮れ行くままに、「今日も御返りだに無きよ」と思して、心にかかりて、いみじうながめをし給ふ。
昨日今日つゆも参らざりけるもの、いささか参りなどしておはす。




夕霧は、このように幼く怒りになるからか、見慣れてしまって、この鬼は、今では怖くもなくなった。神々しい感じが欲しい。と、冗談を言うが、雲居雁は、なんてことを言うのです。おとなしく死んでしまいなさい。私も死にます。見ると憎いし、声を聞くと、嫌だし、先に死ぬのは、気になるし、と、おっしゃる。
夕霧は、益々、愛らしさが勝る一方、心から笑って、傍で御覧にならないにしても、離れていて、どうしても、噂をお聞きにならずに済むだろうから。それでは、深い約束の、三途の川を知らせようというお気持ちなんですね。すぐ後追いして死ぬはずの、あの世への旅立ちは、そういう約束だったから、と、平気で言って、何やかにやと、辻褄を合わせて、慰めになると、若々しく、心が綺麗で、可愛らしい性質があるので、口先だけのこととは、思い思いになりながらも、いつしか、和らいでいらっしゃるのを、可愛そうにと、思うが、心は、上の空で、あちらも、酷く我を張って、強くきっぱりとしている性質とは、見えないが、万一、矢張り望みと違うことだからと、出家などという気持ちになったら、笑いものになのだろう。と、思うと、当分は、途絶えを置かないようにしょうと、ゆっくりしていられない気持ちがして、日が暮れてゆくにつれ、今日も、お返事さえ来ないと、思いで、気になり、酷く物思いに耽るのである。
女君は、昨日も、今日も、召し上がらなかったお食事を、少しばかり、召し上がっている。




夕霧「昔より、御為に心ざしのおろかならざりしさま、大臣の辛くもてなし給うしに、世の中のしれがましき名をとりしかど、堪へがたきを念じて、ここかしこすすみ気色ばみしあたりを、あまた聞き過ぐしし有様は、女だにさしもあらじとなむ、人ももどきし。いま思ふにも、いかでかはさありけむと、わが心ながら、いなしへだに重かりけりと思ひ知らるるを、今はかく憎み給ふとも、思し捨つまじき人々、いとところせきまで数添ふめれば、御心ひとつにもて離れ給ふべくもあらず。また、よし見給へや。命こそ定めなき世なれ」とて、うち泣き給ふ事もあり。




夕霧は、昔から、あなたへの、私の愛情が、並大抵のものではなかったことは、大臣が酷いお扱いをされたので、世間から、馬鹿な男という評判を受けたけれど、こらえられない所を、我慢して、あちこちから、進んで娘をやろうとの申し出があったのを、幾つも聞き流してきたのは、女でも、あのようなものではないだろうと、誰も、笑ったものだ。今考えても、どうして、あのようであったのかと、自分の事ながら、若い時でも、慎重だったとわかるが、今になって、こんなに、憎むとなったところで、放り出す訳には行かない、子供たちが、そこらじゅう、いっぱいになるほど、増えたのだから、お気持ち一つで、出て行かれることではないはず。それに、よく御覧よ。寿命というものは、不定な人の世なのだ、と、涙を流したりなさる。




女も昔の事を思ひいで給ふに、あはれにもありがたかりし御中の、「さすがに契り深かりけるかな」と思ひいで給ふ。なよびたる御衣ども脱い給うて、心ことなるを取り重ねて、焚き染め給ひ、めでたうつくろひけさうじて出で給ふを、火影に見出して、しのびがたく涙のいでくれば、脱ぎとめ給へる単衣の袖をひきよせ給ひて、

雲居雁
ななる身を 恨むるよりは 松島の あまの衣に たちやかへまし

なほうつし人にては、え過ぐすまじかりけり」と、ひとりごとに宣ふをね立ち止まりて、夕霧「さも心憂き御心かな。

松島の あまのぬれぎぬ なれぬとて ぬぎかへつてふ 名をたためやは

うちいそぎて、いとなほなほしや。




女も、雲居雁も、昔の事を思い出し、あはれにも、またとない二人の間は、何と言っても、約束が深いのだと、思い出すのである。柔らかくなったお召し物を、お脱ぎになって、立派なものを、何枚も着て、香を焚き染め、見事に手入れして整え、お出になるのを、ともし火の光で見送り、こらえきれず、涙が出てくるので、お脱ぎになった、単衣の袖を、引き寄せて、

雲居雁
長い間一緒にいて、捨てられる我が身を恨んだりするよりは、いっそ、尼衣に着替えてしまおうか。

矢張り、今のままでは、生きてゆけそうにもない。と、独り言をおっしゃるのを、立ち止まり、夕霧は、なんて酷いことを、おっしゃるのだ。

長い間、一緒にいたからとて、脱ぎ替えたという、噂は、立たないほうがいいでしょう。

大急ぎなので、ごく単純な歌である。

歌の解釈は、文の前後より、理解する。
その文の、内容に沿って、理解する。

あはれにもありがたかりし御中の・・・
この、あはれ、は、心の状態である。
深くありがたいと、思った・・・

posted by 天山 at 04:53| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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