2016年05月26日

もののあわれについて812

集りて聞えこしらふるに、いとわりなく、あざやかなる御ぞども、人々の奉りかへさするも、われにもあらず、なほいとひたぶるにそぎ捨てまほしう思さるる御髪を、かき出でて見給へば、六尺ばかりにて、少し細りたれど、人に見ゆべき有様にもあらず。さまざまに心憂き身を」と思し続けて、臥し給ひぬ。「時たがひぬ。夜もふけぬべし」と皆騒ぐ。
時雨いと心あわただしう吹きまがひ、よろづに物悲しければ、

女二
のぼりにし 峰の煙に たちまじり 思はぬ方に なびかずもがな

心ひとつには強く思せど、その頃は、御はさみなどやうのものは皆とり隠して人々のまもり聞えければ、「かくもて騒がざらむにだに、何の惜しげある身にてかねをこがましう若々しきやうにはひき忍ばむ。人聞きもうたておずましかべきわざを」と思せば、その本意のごともし給はず。




皆が、寄って、おすかし申すので、とても困りきって、色目鮮やかなお召し物を、色々と人々が、お着せ替えさせるも、正気もない有様で、矢張り、本当に何としても、そぎ捨てたく思いになる、御髪を、掻き出して御覧になると、六尺ばかりあり、少し少なくなったが、人は、おかしいとも思わずにいる。ご自身のお心の中では、随分、衰えたこと。男の人と会えるような様子ではない。色々と、辛いこの身なのに、とお考え続けて、またまた横になってしまった。
時刻に遅れる。夜も更けてしまう。と、皆は、声を上げる。
時雨がとても心慌しく、風に吹かれて乱れ、何事も悲しいので、

女二
母君の昇ってゆかれた、あの峰の煙と一緒になり、願いもしない、方角に吹きやられたくない。

気だけは、強くもたれるが、その頃は、御はさみなどのようなものは、皆、取り隠して、一同が、警戒していたので、こんなに騒ぎまわらずにいても、何の惜しい身と思い、愚かしく、子どもっぽく、こそこそ隠れたりしよう。人が聞いても、実に、かたくななと思うことだろう、と、お考えなので、ご希望のままに、振舞うこともない。




人々は皆急ぎ立ちて、おのおの、櫛、手箱、唐櫃、よろづの物を、はかばかはからぬ袋やうの物なれど、皆さき立てて運びたれば、一人とまり給ふべうもあらで、泣く泣く御車に乗り給ふも、かたはらのみまもられ給て、こち渡り給うし時、御心地の苦しきにも、御髪かきなでつくろひ、おろし奉り給ひしを思しいづるに、目もきりていみじ。御はかしに添へて、経箱を添へたるが、御かたはらも離れねば、

女二
恋しさの 慰め難き 形見にて 涙にくもる 玉の箱かな

黒きもまだあへさせ給はず、かの手ならし給へりし螺鈿の箱なりけり。
誦経にせさせ給ひしを、形見にとどめ給へるなりけり。浦島の子が心地なむ。




女房たちは、皆、急いで、それぞれ、櫛、手箱、唐櫃など、あらゆる物を、つまらない袋のようなものでも、全部あらかじめ運んであるので、一人お残りになることも出来ず、泣く泣く、お車にお乗りになっても、お隣の席にばかり、目が行き、こちらへお出でになった時は、ご気分は悪いならがも、御髪を撫で繕い、車から降ろしてくださったのを、思い出しになると、目もかすみ、たまらい。お守り刀を横にし、経箱を横にしてあったが、お膝元も離れることがないので、

女二
恋しさの、慰め難くなるばかりの形見ゆえ、涙で曇ってしまう、玉の箱です。

黒塗りの箱も、まだ出来上がっていないので、御息所がいつも使っていらした、螺鈿の箱なのである。
お布施の料として、お作らせになったのだが、形見に残しておきなさったのだ。浦島の子の気がするのである。




おはしましつきたれば、殿のうち悲しげもなく、人気多くて、あらぬ様なり。御車寄せており給ふを、さらに古里と覚えず。うとましううたて思さるれば、とみにもおり給はず。いとあやしう若々しき御様かなと、人々も見奉りわづらふ。殿は東の対の南面を、わが御方をかりしつらひて、住みつき顔におはす。




お着きになったところ、御殿の中は、悲しい感じもなく、人気が多く、まるで違った雰囲気である。車を寄せて、降りられるが、まるで今までの住家とも、思われない。気味悪く、ぞっとするので、すぐには、降りられない。おかしな、子どもっぽいことだと、女房たちも、お世話に困っている。殿様は、東の対の南座敷を、ご自分のお部屋として、臨時に準備され、住み着いた雰囲気である。

殿様とは、夕霧である。




三条殿には、人々「にはかにあさましうもなり給ひぬるかな。いつの程にありし事ぞ」と、おどろきけり。「なよらかにをかしばめる事を、好ましからず思す人は、かくゆくりかなる事ぞうち交り給うける。されど年へにける事を、音なくけしきも漏らさで過ぐし給うけるなり」とのみ思ひなして、かく女の御心ゆるい給はぬと思ひよる人もなし。とてもかうても、宮の御為にぞいとほしげなる。




三条の邸では、女房たちが、急なことで、びっくりするではありませんか。いつの間に、できたのか、と、驚いている。女相手に、遊ぶ事が、お好きではない方は、こういうように、急なことがあるものだ。だけれど、何年も前から、あったことを、人に聞かれず、内情を知らさないで、年月を、お過ごしになったのだ、と、解釈して、このように、女が、御許しではないのだと、考え付く人もなかった。
どちらにしても、宮様には、お気の毒なことである。




posted by 天山 at 04:56| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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