2016年05月05日

もののあわれについて808

この人も、ましていみじう泣き入りつつ、小少将「その夜の御返りさへ、見え侍らずなりにしを、今は限りの御心に、やがて思し入りて、暗うなりにし程の空の気色に、御心地惑ひにけるを、さる弱目に、例の御物の怪の引き入れ奉るとなむ見給へし。過ぎにし御琴にも、ほとほと御心惑ひぬべかりし折々多く侍りしを、宮の同じ様に沈み給うしを、こしらへ聞えむの御心強さになむ、やうやう物おぼえ給うし。この御嘆きをば、御前には、ただわれかの御気色にて、あきれて暮らさせ給うし」など、とめがたげにうち嘆きつつ、はかばかしうもあらず聞ゆ。夕霧「そよや、そもあまりにおぼめかしう、言ふかひなき御心なり。今は、かたじけなくとも、誰をかはよるべに思ひ聞え給はむ。御山住みも、いと深き峰に、世の中を思し絶えたる雲の中なめれば、聞えかよひ給はむ事かたし。いとかく心憂き御気色聞え知らせ給へ。よろづの事さるべきにこそ、世にありへじと思すとも、従はぬ世なり。まづはかかる御別れの、御心にかなはば、あるべき事かは」など、よろづに多く宣へど、聞ゆべきこともなくて、うち嘆きつついたり。




この人も、なお更、酷く泣き出して、小少将は、あの世の、御返事さえ、拝見せずじまいでしたので、最後の息の下の、お心に、思いふうにばかり思いつめなさり、暗くなった時分の空具合に、具合が悪くなってしまい、そういう弱り目に、計によって、物の怪が取り込み申したのだと、拝見しました。亡くなられた、柏木のことでも、ほとんど、お心も崩れずれそうだった時も、何度もございましたが、宮様が、同じように悲しみに暮れていらしたのを、慰め申そうとのお気持ちから、次第に、気を取り直しました。などと、涙を抑えられず悲しんで、はきはきと、申すことが出来ない。
夕霧は、それだよ。それも、あまりに、弱々しく、張り合いのないお考えだ。今となっては、恐れ多いが、他に、どなたを頼りに思われよう。お山住みも、とても深い山中で、世の中を思い捨てさった、雲の中みたいに、お手紙をやり取りなさるのも、難しい。本当に、こんなつれないお態度を、ご意見申し上げてください。すべて、こうなる運命だった。生きていまいと、思いでも、ままならぬ世なのだ。第一、こうした死別が、お心のままになるなら、あるはずがない。などと、色々と多くをお話しするが、少将は、申し上げる事場もなくて、悲嘆に暮れて、座っている。




鹿のいといたく鳴くを、われ劣らめや、とて、

夕霧
里遠み 小野のしの原 分けて来て われもしかこそ 声も惜しまね

と宣へば、
小少将
藤ごろも 露けき秋の 山びとは 鹿の鳴く音に ねをぞ添へつる

よからねど、折からに、忍びかなる声づかひなどを、よろしう聞きなし給へり。




鹿が、とても酷く鳴くので、自分もあれに、劣るまいと、

夕霧
この山里まで、遠く小野の篠原を分けて来て、私も鹿のように、声を惜しまず泣くのだ。

と、おっしゃると、

小少将
藤衣も、しめりがちな、この秋の山里にいる私は、鹿の鳴き声と共に、泣き声を上げています。

よい歌ではないが、時が時なので、低く口ずさむ声などを、かなりなものだと、お聞きになる。




御消息、とかう聞え給へど、女二「今は、かくあさましき夢の世を、少しも思ひさます折あらばなむ、絶えぬ御とぶらひも聞えやるべき」とのみ、すくよかに言はせ給ふ。いみじう言ふかひなき御心なりけり。と嘆きつつ、帰り給ふ。




ご挨拶を、あれこれと、申し上げされるが、女二宮は、今は、こんな思いがけない夢のような、有様、少しでも、落ち着きを取り戻すことがあれば、たびたびのお見舞いの、お礼も、申し上げましょう。と、だけ、そっけなく言う。ずいぶん、取り付く暇もないお心だと、嘆きつつ、お帰りになる。




道すがらも、あはれなる空を眺めて、十三日の月のいとはなやかにさし出でぬれば、小倉の山もたどるまじうおはするに、一条の宮は道なりけり。いとどうちあばれて、ひつじさるのかたのくづれたるを見入れば、はるばるとおろしこめて、人影も見えず。月のみ、やり水の面をあらはにすみましたるに、大納言ここにて遊びし給うし折々を、思ひいで給ふ。

夕霧
みし人の 影すみはてぬ 池水に ひとり宿もる 秋の夜の月

とひとりごちつつ、殿におはしても、月を見つつ、心はそらにあくがれ給へり。
さも見苦しう、あらざりし御くせかな、と、御たちもにくみあへり。




道すがら、心に染入る空を眺めて、十三日の月が、とても明るく差し昇るので、小暗いというなの、小倉山も、迷うことなく、通り過ぎると、一条の宮は、その途中にあるのだった。以前にまして、荒れた雰囲気で、南西の方の築地の崩れている所から、中を覗くと、一面、格子を閉め切って、人影も見えない。月だけが、鑓水の面を、くっきりと、光らせているので、大納言が、ここに来て、管弦の遊びなどなさった折々を思い出す。

夕霧
あの人が、もう住んでいないこの家の、池水に独り、宿守りをしている、秋の夜の月だ。

と、独り言をいいながら、邸に帰っても、月を眺めて、心を空に漂わせている。

本当に、みっともない。これまでなかった、ご様子だと、女房たちも憎らしく思っている。



posted by 天山 at 05:52| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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