2016年05月03日

もののあわれについて806

山おろしいと激しう、木の葉の隠ろへなくなりて、よろづの事いといみじき程なれば、おほかたの空にもよほされて、干る間もなく思し嘆き、命さへ心にかなはずと、いとはしういみじう思す。候ふ人々も、よろづに物悲しう思ひ惑へり。大将殿は、日々にとぶらい聞え給ふ。寂しげなる念仏の僧など慰むばかり、よろづの物をつかはしとぶらはせ給ひ、宮の御前には、あはれに心深き言の葉を尽くして恨み聞え、かつは、つきもせぬ御とぶらひを聞え給へど、取りてだに御覧ぜず。すずろにあさましき事を弱れる御心地に疑ひなく思ししみて消え失せ給ひにし事を思しいづるに、のちの世の御罪にさへやなるらむと、胸に満つ心地して、この人の御事をだにかけて聞き給ふはねいとどつらく心憂き涙のもよほしに思さる。人々も聞えわづらひぬ。




山おろしが、とても激しく、木の葉の影もなくなり、何もかもが、酷く心に沁みる頃なので、宮は、わが身一つではない秋空に誘われ、涙の乾く間もなく、悲しみにくれて、命さえ、思い通りにならないと、わが身をいとい、辛く思うのである。お傍の人々も、何につけも、物悲しく、おろおろしている。
大将殿は、毎日毎日、お見舞い申し上げされる。心細い念仏の僧などの、喜ぶほど、何くれと、物を持たせて、お見舞いなさり、宮様の、御前には、あはれなる心をこめた言葉の限りを尽くして、お恨みもうしあげると共に、限りもなく、お慰め申し上げるが、手にとって、御覧になることさえなく、思いがけず嫌だった、あのことを、思い出されると、母君の後世の邪魔になってさえいようと、胸もいっぱいになる気がして、この人の、お話をふと耳になさるのは、ひとしお辛く、侘しい涙の種と、思うのである。人々も、お勧めの申しようがない。




一行の御返りをだにもなきを、しばしは心惑ひし給へるなど思しけるに、あまりに程へぬれば、「悲しき事も限りあるを、などかくあまり見知り給はずあるべき。言ふかひなく若々しきやうに」と恨めしう、「こと事のすぢに、花や蝶やとかけばこそあらめ、わが心にあはれと思ひ、もの嘆かしきかたざまの事を、いかにと問ふ人は、睦まじうあはれこそ覚ゆれ。大宮の失せ給へりしをいと悲しと思ひしに、致仕の大臣のさしも思ひ給へらず、ことわりの世の別れに、おほやけおほやけしき作法ばかりの事を孝じ給ひしに、つらく心づきなかりしに、六条の院のなかなか懇に、のちの御事をも営み給うしが、わがかたざまと言ふなかにも、嬉しう見奉りし。その折りに、故衛門の督をば、取り分きて思ひつきにしぞかし。人柄のいたう静まりて、ものをいたう思ひとどめたりし心に、あはれも勝りて人より深かりしが、なつかしう覚えし」など、つれづれと物をのみ思し続けて明かし暮らし給ふ。




一行のご返事さえないので、しばらく気が転倒していらっしゃるのだと、お考えになるが、あまりに時がたったので、悲しいことでも、限りがあるのに、何故こんなに、全然、お分かりにならないはずがあろう。話にもならない、小娘のような態度でいてと、恨めしく、見当違いに、花や蝶やと書いたのなら兎も角のこと。自分でも、悲しい思い、嘆いている筋のことを、どうですかと、尋ねてくれる人は、嬉しく感動するものだ。大宮が亡くなられたことを、とても悲しく、思っていたのに、致仕の大臣が、それほどにも悲しみにならず、当然の死別として、世間向けの儀式的なことばかりを、供養されたので、悲しく、不満に思ったが、六条の院が、かえって、懇ろに、後々の法要まで、営んだことを、自分の身内だということだけではなく、嬉しく拝見したものだ。
その時に、亡き、衛門の督、柏木に、特別好意を持つようになったのだ。人柄がたいそう落ち着いて、物事を、注意深く、心に留めていた性格で、悲しがるのも、ひとしおで、誰よりも、深かったのを、親しみの持てる人だと、思ったのだ、などと、あはれに、物思いに耽ってばかりいて、夜を明かし、日を暮らしになる。

さて、上記、誰の心境なのか。
最初は、夕霧であるが・・・
矢張り、すべて夕霧の思いなのだ。
つまり、話の筋を知らぬと、分からないのである。




女君、なほこの御中のけしきを、「いかなるにかありけむ、御息所とこそ文交はしも細やかにし給ふめりしか」など思ひえ難くて、夕暮れの空を眺め入りて臥し給へるところに、若君して奉れ給へる。はかなき紙の端に、

雲居雁
あはれをも いかに知りてか 慰めむ あるや恋しき なきや悲しき

おぼつかなきこそ心憂けれ」とあれば、ほほえみて、「さきざきもかく思ひ寄りて宣ふ。似げなのなきがよそへや」と思す。いととく事なしびに、

夕霧
いづれとか 分けて眺めむ 消えかへる 露も草葉の 上と見ぬ世を

おほかたにこそ悲しけれ」と書い給へり。雲居雁「なほかく隔て給へること」と、露のあはれをばさし置きて、ただならず嘆きつつおはす。




女君は、矢張り、このお二人の間を、どうだったのか。御息所となら、手紙のやり取りも、ねんごろにしていられるようだったが、などと、判断が、つきにくくて、大将が、夕暮れの空を眺めて、横になっていられるところへ、若君を持たせて、差し上げになった。何でもない紙の端に、

雲居雁
お悲しみを、どう考えて、お慰めしたのか。生きている方が、恋しいのか、亡き人が、悲しいのか。

はっきりしないのが、嫌なのです。と、書いてあるので、微笑んで、前々から、こんな想像をしていらっしゃる。見当違いな故人の話を持ち出して、と、お考えになる。とても早く、気づかぬようで、

夕霧
どちらと決めて、特に悲しもうか。草葉の上の露も、すぐ消えると思う、この世なのだから。

何もかも悲しいのだ。と、お書きになった。雲居雁は、矢張り、こんなに隠していらっしゃる。と、お歌にいう、露、の悲しさは、思わず、並々ならず、嘆いていらっしゃる。




posted by 天山 at 05:27| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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