2016年04月15日

もののあわれについて804

かく騒ぐ程に、大将殿より御ふみ取り入れたる、ほのかに聞き給ひて、「今宵もおはすまじきなめり」とうち聞き給ふ。「心憂く世のためしにも引かれ給ふべきなめり。何にわれさへさる言の葉を残しけむ」とさまざま思しいづるに、やがて絶え入り給ひぬ。




こうして、騒いでいる時に、大将殿からの、お手紙を受け取ったと、御息所は、かすかにお耳にされて、今晩も、いらっしゃらないらしい、と、お聞きになる。
情けなくも、世間の話の種に、引かれることになろう。なんのつもりで、自分まで、あんな文句を書き残したのか、と、あれこれ思い出されると、そのまま、息が絶えておしまいになった。




あへなく、いみじと言へばおろかなり。昔より、物の怪には時々わづらひ給ふ、限りと見ゆる折々もあれば、「例のごと取り入れたるなめり」とて、加持まいり騒げど、今はのさましるかりむり。




あっけなく、酷いといっても、言い足りない。昔から、物の怪には、時々煩いになり、最後と見えた時も、何度かあったので、いつものように、物の怪が取り込んだらしいと、加持をして、大声で祈るが、臨終の様子は、明らかだった。




宮は、おくれじと思し入りて、つと添ひ臥し給へり。人々参りて、「今は言ふかひなし。いとかう思すとも、限りある道は、返りおはすべき事にもあらず。したひ聞え給ふとも、いかでか御心にはかなふべき」と、さらなることわりを聞えて、人々「いとゆゆしう。なき御為にも罪深きわざなり。今は去らせ給へ」と、引き動かい奉れど、すくみたるやうにて、ものもおぼえ給はず。修法の壇こぼちて、ほろほろと出づるに、さるべき限り、かたへこそ立ちとまれ、今は限りのさま、いと悲しう心細し。




宮様は、生き残るまいと、思いつめて、じっと、すがりついて、いらした。
女房たちが、傍に参り、もう、しかたありません。こんなにまで、お悲しみになっても、死出の旅路は、帰ってくるわけではありません。お慕い申しても、どうして、お気持ち通りになりましょう。と、当然の道理を申し上げる。また、女房は、本当に不吉で。亡くなった御方のためにも、罪業の深いことです。もう、お離れください。と、引き動かすが、こわばったように、何も、お分かりにならない。
修法の壇を壊して、僧たちが、ばらばらと出てゆくうち、しかるべき者ばかり、一部留まっているが、今は、すべて終わった様子で、実に悲しく、心細い。




所々の御とぶらひ、いつのまにかと見ゆ。大将殿も、限りなく聞き驚き給うて、まづ聞え給へり。六条の院よりも、致仕の大殿よりも、すべていとしげう聞え給ふ。山のみかども聞こし召して、いとあはれに御ふみ書い給へり。宮は、この御せうそこにぞ、御ぐしもたげ給ふ。朱雀院「日ごろ重く悩み給ふと聞きわたりつれど、例もあつしうのみ聞き侍りつるならひに、うちたゆみてなむ。かひなき事をばさるものにして、思ひ嘆い給ふらむ有様おしはかるなむ、あはれに心苦しき。なべての世のことわりに思し慰め給へ」とあり。目も見え給はねど、御返り聞え給ふ。




方々のお悔やみは、いつの間に知れたのかと、思われる。大将殿も、この上なく、聞き驚きになり、とりあえず、お悔やみ申し上げた。六条の院からも、致仕の大殿からも、皆々、次々に、お悔やみ申し上げる。
山の帝も、お聞きあそばして、心を込めて、お手紙を、お書きになった。宮様も、この便りには、お顔を上げられる。
朱雀院は、長らく重く煩っていられると、聞いていたが、いつも病気がちだとばかり聞いていましたので、うっかりして、言ってもかいのない事は、別にして、悲しみ嘆いていられる様子を想像すると、不憫で、心が痛む。すべての人の定めと思い、気を楽になさい、とある。涙で目も見えないが、お返事を申し上げる。




常に、さこそあらめと宣ひける事とて、今日やがてをさめ奉るるとて、御おひの、大和の守にてありけるぞ、よろづにあつかひ聞えける。からだをだにしばし見奉らむとて、宮は惜しみ聞え給ひけれど、さてもかひあるべきならねば、皆急ぎたちて、ゆゆしげなる程にぞ大将おはしたる。




常に、そうしてと、おっしゃっていたことなので、今日、すぐに葬り申し上げるというので、御甥の、大和の守である者が、すべて事を、お運びになるのだった。亡骸だけでも、しばらく拝んでいたいと、宮は、惜しまれたが、そうしても、何にもなるわけではないので、一同、準備にかかって、大変なところに、大将が、いらした。




「今日よりのち、日ついで悪しかりけり」など人聞きには宣ひて、いとも悲しうあはれに、宮の思し嘆くらむ事をおしはかり聞え給うて、「かくしも急ぎ渡り給ふべき事ならず」と人々いさめ聞ゆれど、強ひておはしましぬ。




今日から後は、日が悪いのだ、などと、人前ではおっしゃり、何とも悲しく、哀れに、宮が嘆いているだろうと、ご推察申し上げて、そんなに急いで、いらっしゃるべきことでは、ありませんと、人々が引き止めるが、押し切って、お出であそばした。

これは、夕霧の心境である。




posted by 天山 at 06:04| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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