2016年04月12日

もののあわれについて801

大将殿は、この昼つかた、三条殿におはしける。今宵たち返りまで給はむに、事しもあり顔に、まだきに聞き苦しかるべし。など、ねんじ給ひて、いとなかなか、年ごろの心もとなさよりも、千重にもの思ひかさねて嘆き給ふ。北の方は、かかる御ありきのけしきほの聞きて、心やましと聞きい給へるに、知らぬやうにて、君だちもてあそび紛らはしつつ、わが昼の御座に臥し給へり。よひ過ぐる程にぞ、この御返りもて参れるを、かく例にもあらぬ鳥のあとのやうなれば、とみにも見とき給はで、御とぶら近う取り寄せて、見給ふ。




大将殿、夕霧は、この日の昼ごろ、三条殿に、いらっしゃった。
今晩、再び、小野へうかがっては、まるで何かあったようで、今のうちから、外聞が悪いだろうと、心を抑えて、なんと、かえって、これまでの焦りよりも、千倍にも恋しさを募らせて、嘆いていた。
北の方、雲居雁は、こうした出歩きの様子を耳にして、嫌なことと、聞いていらしたが、知らない振りで、若君たちをお世話して、気を紛らわせて、ご自分の昼の御座所で横になっていられる。
宵過ぎる頃、あのご返事を持って参ったが、こんなに、いつもと違い、鳥の足跡のような字なので、すぐには、判別できず、大殿油を近く引き寄せて、御覧になる。




女君、もの隔てたるやうなれど、いととく見つけ給うて、はひ寄りて、御うしろより取り給うつ。夕霧「あさましう、こはいかにし給ふぞ。あなけしからず。六条の東の上の御ふみなり。けさ、かぜおこりて悩ましげにし給へるを、院の御前に侍りて出でつる程、またもまうでずなりぬれば、いとほしさに、今のまいかにと聞えたりつるなり。見給へよ。懸想びたるふみのさまか。さてもなほなほしの御さまや。年月に添へて、いたうあなづり給ふこそうれたけれ。思はむ所をむげに恥ぢ給はぬよ」と、うちめきて、惜しみ顔にもひこじろひ給はねば、さすがに、ふとも見で、も給へり。




女君は、ものを隔てていたようだが、すばやく見つけて、這いより、後から、手紙を取り上げた。夕霧は、酷いことを。これは、何と言うことをされるのか。全く、けしからん。六条の東の上の、お手紙だ。今朝、風邪が酷くて、苦しそうにされていたが、院の御前に伺いして下がった時、重ねて伺わないままになってしまったので、お気の毒で、ただいまは、いかがですかと、申し上げたのだ。御覧なさい。色恋めいた手紙の様子ですか。それにしても、品の無いやり方です。年月の経つと共に、酷く馬鹿にされるのが、心外だ。私が、どう思うかなど、全然、気にしないのですね。と、嘆息して、惜しそうに、取返そうともしないので、取りになったが、すぐには見ずに、もっていらっしゃる。




雲居雁「とし月に添ふるあなづらはしさは、御心ならひなべかめり」とばかり、かくうるはしだち給へるに憚りて、若やかにをかしきさまして宣へば、うち笑ひて、夕霧「そはともかくもあらむ。世の常の事なり。またあらじかし。よろしうなりぬる男の、かくまがふかたなく、一つ所を守らへて、ものおぢしたる鳥のせうやうの物のやうなるは。いかに人笑ふらむ。さるかたくなしき者に守られ給ふは、御ためにもたけからずや。あまたが中に、なほ、きはまさりことなるけぢめ見えためこそ、よそのおぼえも心にくく、わがここちもなほふりがたく、をかしき事もあはれなる筋も絶えざらめ。かく翁のにがし守りけむやうに、おれまどひたれば、いとぞ口をしき。いづこのはえかあらむ」と、さすがに、このふみのけしきなくをこづり取らむの心にて、あざむき申し給へば、いとにほひやかにうち笑ひて、雲居雁「物のはえばえしさ作りいで給ふ程、ふりぬる人苦しや。いと今めかしくなりかはれる御けしきのすさまじさも、見ならはずになりける事なれば、いとなむ苦しき。かねてよりならはし給はで」と、かこち給ふも憎くもあらず。




雲居雁は、年月につれて、馬鹿にするというのは、あなたの癖です。とだけ、こう平然としていられるのに、気後れして、若々しく、可愛い態度でおっしゃるので、笑い出し、夕霧は、それは、そうかもしれない。世間にざらの事だ。しかし、二人といないだろう。そこそこの、地位になった男で、気を散らすこともなく、一所を守り続けて、びくびくしている雄鷹のような者は。どんなに人が、笑っているだろう。こんな堅苦しい者に、付きまとわれているのは、あなたのためにも、ぱっとしない。たくさんの女の中で、矢張り、際立って格別の扱いに見えるのこそ、他人の見た目も、ゆかしく、自分の気持ちも、矢張り新鮮で、興をそそることも、あはれな思いも、絶えないだろう。こう翁が、何かを守っていた話のように、ぼけてしまって、とても、残念だ。なんの見栄えがするものか。と、それでも、この手紙を、さりげなく騙し取ろうと思って、申しなさると、とても華やかに笑い、雲居雁は、見栄えのあることをなさろうとするから、年とった女は、辛いものです。すっかり若返って、いられるご様子が、面白くないのも、これまで、経験したことの無いことなので、とても辛いのです。前から慣れさせる事もされないで。と、不満をおっしゃる様子も、憎くはない。




夕霧「にはかにと思すばかりには、何事か見ゆらむ。いとうたてある御心のくまかな。よからず物聞え知らする人ぞあるべき。あやしう、もとよりまろをば許さぬぞかし。なほ、かの緑の袖のなごり、あなづらはしきにことつけて、もてなし奉らむと思ふやうあるにや、いろいろ聞きにくき事どもほのめくめり。あいなき人の御ためにも、いとほしう」など宣へど、つひにあるべき事とおぼせば、ことにあらがはず。




夕霧は、にわかにと、お考えになるほどの、どんな、そぶりが、見えるのか。とても困ったお心の隔てだ。けしからぬ、告げ口する人が、あるらしいな。変に、昔から、私に気を許さなかったからか。矢張り、あの緑の袖の名残で、軽蔑しやすいのを、いいことにして、炊きつけようというつもりがあるのか。何かと、聞きにくい事を、ほのめかしているらしい。言われる訳のない、宮の御ためにも、お気の毒だ。などと、おっしゃるが、結局は、そうなることと、お考えなので、特に、言い争いは、しない。




posted by 天山 at 07:11| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。