2016年04月11日

打倒・韓国74

さて、韓国は、日本統治時代に、すべてを奪われたせいで、韓国の近代化が遅れたなどと、大嘘を言うが・・・

それでは、統治時代を過ぎて、70年経た今、韓国は、自力で、どのようになっているのか。
経済崩壊寸前である。

一時期、世界一の民族・・・などと、言っていたが・・・

日本統治時代の建物は、何もかも、残っているが、韓国になってから、建設された、道路、橋、建物などは、倒壊、あるいは、倒壊寸前である。

更に、国外のインフラ整備も、手抜きで、大半が、使い物にならない。あるいは、日本が手を出して、助けた。
色々なことは、省略するが・・・

これから、追い討ちをかけるように、また、紹介する。

日本による、統治時代以前の、朝鮮半島は、ソウルなどの一部の都市部を除いて、豪雨になると、洪水が平原に氾濫し、一夜にして、湖沼と、化した。
朝鮮半島の河川流水量は、日本の二倍もあるが、渇水期の流水量は、10分の一から、20分の一である。

そして、都市部以外は、工事もされていず、自然の状態のままだった。
水害のたびに、大きな被害を受けていた。

少しばかりの、灌漑目的の堤防、河川をせき止めるための、石や土で作られたもの。
李朝末期には、山河が次第に荒廃してきて、堤防らしいものは、堤防の遺跡と化し、何の役にも立たなくなった。
そのために、灌漑用水をめぐる紛争は、後をたたなかった。

何故、そのようだったのか・・・
李朝政府の財政が破綻していたからだ。

よって、産業は振るわず、文化は興らず、国運は、日ごとに、衰退する。
その上、洪水のたびに、田畑は荒らされ、収穫が出来ない。

農民は、草の根、木の根を掘って、飢えをしのいだ。

半島の山河が、崩壊したのは、地質学的なものより、人為的なもののほうが大きい。
盗伐、乱伐、冬季の薪の需要と、林政の不備、戦災等々。

更に、数百年にわたる、旱魃と洪水という、悪循環である。

それに加えて、火田民と言われる、焼き畑をする農民の存在である。
それは、李朝から増え続け、1928年には、120万人を超えると言われる。

火田民は、定住せず、山林を焼き払い、自給自足に近い生活を送る。彼らが入った山林は、焼き畑の被害を受けて、やがて、禿山と化し、豪雨になると、土石が流出するのだ。

兎に角、半島は、滅茶苦茶であった。

崩壊した山河を甦らせたのは、他でもない、日本の統治時代である。

朝鮮総督府初代総督であった、寺内正毅大将は、まず、治山をしなければ治水をしても、効果がないとし、地山治水に、最も力を入れた。

韓国では、それが、寺内を、植民地化の張本人として、評判が実に悪いのである。

彼がいなければ、どんなことになっていたか・・・
未だに、未開の地だっただろう。

実際に、治水調査が始まったのは、1915年大正4年からである。

具体的には、気象、水位、流量、改修築予定区域の実測調査である。
これは、14年間に渡って、実施されることとなった。

以前、韓国の山は、日本が禿山にしたという、韓国人の嘘をかいたが、更に、嘘を言う。
日本統治時代に、朝鮮の森林を伐採して、日本に持ち帰ったと。
上記を見れば、持ち帰るものなどなかったのである。

半島の林野面積は、約1588町万で、全土地面積の71パーセントを占めている。
そのうち、樹林の疎生地と、散生地を含めた成林地は、わずか、三分の一である。

更に、成林地のうちの67パーセントが、交通不便な場所などに、偏在して、木材が採れても、困難な輸送問題があり、利用価値の低い場所なのだ。

そのため、日本は、半島での木材不足を補うため、輸入せざるを得なかった。

1925年の一年間だけでも、550万円も、輸入していたのである。
こんな芸当は、日本だから、出来たのである。

それでも、建築資材、燃料は、不足していたという。

朝鮮総督府は、当初から、営林署を設立して、半島の荒廃した山野の復旧造林に着手した。
そして、森林保護令、幼齢林の育成、民有林に対する造林補助、病中害駆除、森林組合への補助、林業試験場の整備、地方官庁職員の増員など、実践的な政策を、次々と断行したのである。

1924年、大正13年には、国有林区の調査事業が、完了した。
その結果、李朝時代に軍事上の目的から設けられた、築山地域も含めると、国有林は、全土の60パーセントにものぼっていた。
総督府は、それを、暫時民有林にしていき、1939年には、国有林を全土の33パーセントまで、減少させたのである。

調査当時、国有林の比率が多かったのは、朝鮮では、山林の個人所有を認めていなかったからだ。山林は、「無主公山」として、放置され、そこに民衆が入り、木を切り、根まで掘り起こして、荒廃させていたのである。

そのため、総督府は、山林を縁故者に無償で譲る法令を出し、民有化させ、植林の生態保護に努めた。

これ以前に、日本は台湾で、山林の民有化を行い、生態保護に成功していた。その方法を、朝鮮にも、適用したのである。

そして、深刻な問題だった、禿山対策に、植林と、砂防工事を全国規模で実施した。

どうだろうか・・・
これが、日本がやったことである。

その評価すら、しない、出来ない、韓国人たち・・・
呆れる。

以前にも、書いたが、治水事業により、水田も、増加したのだ。
その事業も、朝鮮人労働者に、日当を支払い行った。
半島有史以来の、事実である。

朝鮮人にとっては、李朝からの、奴隷解放といえる事実。
日本が、行ったのである。



posted by 天山 at 06:33| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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