2016年03月24日

もののあわれについて799

小少将「障子はさしてなむ」と、よろづによろしきやうに聞えなせど、御息所「とてもかくても、さばかりに何の用意もなく、かるらかに人に見え給ひけむこそ、いといみじけれ。うちうちのみ心清うおはすとも、かくまで言ひつる法師ばら、よからぬ童などは、まさに言ひ残してむや。人にはいかに言ひあらがひ、さもあらぬ事と言ふべきにかあらむ。すべて、心幼き限りしもここに候ひて」ともえ宣ひやらず。いと苦しげなる御ここちに、物を思しおどろきたれば、いといとほしげなり。け高うもてなし聞えむと思ひたるに、世づかはしう、かるがるしき名の立ち給ふべきを、おろかならず思し嘆かる。御息所「かう少し物覚ゆるひまに、渡らせ給ふべう聞え。そなたへ参りくべけれど、動きすべうもあらでなむ。見奉らで久しうなりぬるここちすや」と、涙を浮けて宣ふ。




小少将は、襖は、留め金をして、と、すべて悪くないように、言いつくろうが、御息所は、いずれにせよ、それほどに、何の用心もせず、うかうかと、男にお会いになったということが、とんでもないことです。内々は、潔白であっても、こうまで言った、法師どもや、卑しい童などは、言いたい放題に言いましょう。他人には、どう言い開きをし、そうではないと、いえましょう。皆、考えの足りない者ばかり、ここにお供していて、と、言い訳することも出来ない。とても苦しいご気分の時に、心を痛めて、驚いたので、なんともお気の毒なご様子である。
気品高くお扱い申そうと考えていたのに、並々の女のように、浮いた名が、立つに違いないのを、酷く、お悲しみになる。御息所は、こう、少しはっきりしている時に、おいでなさるように、申し上げてください。そちらへ伺うはずですが、身動き出来そうになくて。お顔を拝見せず、長い間が過ぎたような気がします。と、涙を浮かべておっしゃる。




参りて、小少将「しかなむ聞えさせ給ふ」とばかり聞ゆ。わたり給はむとて、御ひたひ髪の濡れまろがれたる引きつくろひ、ひとへの御ぞほころびたる、着かへなどし給ても、とみにもえ動い給はず。この人々もいかに思ふらむ。またえ知り給はで、のちにいささかも聞き給ふことあらむに、つれなくてありしようと思しあはせむも、いみじう恥かしければ、また臥し給ひぬ。女二「ここちのいみじう悩ましきかな。やがてなほらぬさまにもなりなむ、いとめやすかりぬべくこそ。脚のけののぼりたるここちす」とおしくださせ給ふ。ものをいと苦しうさまざまに思すには、けぞあがりける。




小少将は、宮の御前に出て、おいでになるよう、申し上げよと、仰せられます。とだけ、申し上げる。お越しなさろうとして、御額髪の、涙に濡れて固まるのを直し、単衣のお召し物の、ほころびを、着替えなどされて、すぐに動かれない。この人たちも、どう思っているだろう。それに、御息所は、ご存知なくて、後で少しでも、お聞きになったら、そ知らぬ振りをしていたと、思われるだろう。それも、酷く恥ずかしいので、また、臥せてしまった。宮は、気分が酷く悪い。このまま、直ることがなかったら、いい都合なのに。脚の気が、上がってきた気がすると、さすり下ろさせになる。何かを気にして、色々、お考えになる時には、気が上がるのである。




少将「上にこの御事ほのめかし聞えける人こそ侍るべけれ。いかなしり事ぞと、問はせ給ひつれば、ありのままに聞えさせて、御障子のかためばかりをなむ、少しこと添へて、けざやかに聞えさせつる。もしさやうにかすめ聞えさせ給はば、同じさまに聞えさせ給へ」と申す。嘆い給へるけしきは聞えいでず。「さればよ」と、いとわびしくて、物も宣はぬ恩枕より、しづくぞ落つる。この事にのみもあらず、身の思はずになりそめしより、いみじうものをのみ思はせ奉ることと、生けるかひなく思ひ続け給ひて、この人は、かうもてやまで、とかく言ひかかづらひ出でむも、わづらはしう聞き苦しきるべう、よろづに思す。まいて、言ふかひなく、人の言によりて、いかなる名を朽たさまし、など、少し思し慰むるかたはあれど、かばかりになりぬる高き人の、かくまでもすずろに、人に見ゆるやうはあらじかし、と、すくせ憂く思し屈して、夕つかたぞ、御息所「なほ渡らせ給へ」とあれば、中の塗籠の戸あけあはせて渡り給へる。




少将は、上に、あの出来事を申し上げた人がおりましたようです。どうだったのかと、お尋遊ばしたので、ありのまま、申し上げて、お襖の閉めてあったことだけを、少し言葉を加えて、はっきり申し上げました。もしも、そのように、この事を申し上げ遊ばすのでしたら、私と同じように、申し上げてください。と、申し上げる。悲しんでいられる様子は、申し上げない。
宮は、矢張り、そうだったのだと、とても辛く、物もおっしゃらずにいる、枕から、涙の玉がこぼれる。この事だけでもなく、自分が、思いがけない結婚をした時から、酷く心配ばかりをかけてきたことだと、生きている張り合いもなく、思い続けられて、あの人は、このままでは、諦めず、あれこれと言い寄ってくるだろう。それも、うるさく、聞き苦しいだろうと、色々と、お考えになる。まして、不甲斐なく、あの人の言葉に従ったら、どれほど、評判を落とすところだったろう。などと、少し気持ちの慰めるところはあるが、これほどまでに、高い身分の人が、こんなにも、うかつに、男に会うことは、まずなかったろうに、と、わが身の不運が悲しくて、思い沈み、夕方、やっと、御息所から、矢張り、おいでくださいと、仰せがあったので、中の塗籠の戸を、両方が開けて、お越しになった。




苦しき御ここちにも、なのめならずかしこまりかしづき聞え給ふ。常の御作法あやまたず、起き上がり給うて、御息所「いとみだりがはしげに侍れば、渡らせ給ふも心苦しうてなむ。この二日三日ばかり見奉らざりける程の、とし月のここちするも、かつはいとはかなくなむ。のち、必ずしも対面の侍るべきにも侍らざめり。また、めぐり参るともかひや侍るべき。思へば、ただ時のまに隔たりぬべき世の中を、あながちにならひ侍りにけるも、くやしきまでなむ」など泣き給ふ。




御息所は、苦しいご気分ながら、特別にかしこまり、応対申し上げる。いつもの礼儀を省かず、起き上がって、とても、見苦しい有様でございます。こちらへお出で願っても、機が引けます。この二日三日ばかり、お顔を拝見せずにいたぐらいで、年月のたった気がしますのも、心細いことです。後の世で、必ずしも、対面のあるわけでもありません。また、再びこの世に生まれて来ても、その甲斐がありましょうか。考えますと、ほんの一瞬のうちに、別れ別れになる定めの、人の世を、すっかりと、いい気になっておりましたのも、悔しいことと、思います。などと、お泣きになる。




posted by 天山 at 07:02| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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