2016年03月07日

打倒・韓国65

韓国では、今日でも役人が上から下にいたるまですっかり賄賂漬けになっている。これは韓国社会の大きな恥部であるが、伝統的なものである。
朴テヒョク

25年ほど前に、書かれた本でも、そうようであり、現在もそうである。
そして、それは、また、李朝時代から続いている。

全斗煥政権のときに、政府が音頭をとって「清白吏運動」が推進された。アメリカやヨーロッパ諸国や日本だったら考えられないことである。それほど役人のあいだに、賄賂を受け取ることがゆきわたっていたのだ。


勿論、それも、宗主国だった、中国と全く同じである。

李朝末期の実状について、「朝鮮事情・朝鮮教会史序論」から、
王権は、理論的には最高のものだといわれているが、実際は非常に脆いものである。二、三代にわたる有名無実な国王と数回続けられる摂政政治の時代に、大貴族たちは、ほとんどの権力を掌握してしまっている。朝鮮人は、国王について見ざる能わざる人だ、と噂している。
朝鮮人は、現在の社会状況を頭と足が完全にやせ細っている一方、胸と腹だけが極度にふくらんで今にも破裂しそうな、そんな人間の姿で描いている。頭は国王を無力にし、下層貴族は農民たちの血を絞っているのである。

また、同書には、1866年、韓国で殉教した、フランス人神父が、パリの本部に送った書簡を、載せている。

朝鮮の大官たちの心は、金を集めて自分たちの目をたのしませるときだけ、喜びます。このことを心得ている門客は、控訴中のあらゆる人びと、あらゆる罪人、あらゆる下級職の野心家を探しあて、自分の取り分として十分に金を取り、権力にとりなしをしてもらわねばならない主人のためにさらに多額の金を用意させたのちに、彼らの仲介者を買って出て、ひいては保護をも約束します。一度金を払えば、彼の助けによって田舎者でも大博士となれ、両班になれ、また罪人も無罪となり、泥棒が司法官にさえなれます。一言でいって、門客と金さえあれば、取り除くことのできない障害もなく、洗い落とせない汚れもなく、無罪を証明できない罪もなく、首尾よく偽って立派に仕立てあげられない恥辱もありません。

門客とは、高官の舎廊棟に自由に出入りできる、客人のことである。
今日の、ブローカーのようなもの。

朴氏は、今日の韓国の有力な政治家と、その周辺を囲む人々について描いているようではないか! と書く。
25年前の本である。
ところが、今も続いている。

1866年に、殉教した、神父の発言である。
それが、現在までも、続く韓国社会である。

法治国家とは、言い難い社会、韓国。
現在の、裁判所の判決も、そのようである。

勿論、法治国家として、発展を望んだ日本統治時代は、本当に良い社会だった。
日本が去ると、途端に、逆戻りである。

そして、自分たちが、偉いと思う根性である。
何をやっているのか、分からないという、精神病者のようである。

朴氏の、書くことは、恐ろしい程である。
以下、

韓国では、交通事故で捕まっても、その場で鼻薬を効かせれば、見逃してくれる。だから、ドライバーには、運転免許証のあいだに、一万ウォン札を何枚かいつもはさんでいる者が多い。

パトカーは、白く塗られているために、通称「ベクチャ」(白い車)と呼ばれるが、パトカーの警官を二、三年勤めたら家が一軒買えるといわれるほどである。
警察官は庶民から「ライセンスをもった詐欺師」と呼ばれている。もっとも、その庶民も警察官になったら、袖の下を受け取るのだから救いがない。

だが、まだ、恐ろしいことが書かれる。

警官が日常的に賄賂を取るのは、けっして単独犯ではない。警察ぐるみだ。外勤の警官は、警察署へその日のあがりを持って帰って、署長以下全員で分けるのである。これは「上納」と呼ばれている。警察内部の共済制度のようなものである。

このような例を上げれば、キリがないようで・・・

あらゆる場所で、賄賂が必要なのだ。
もう一つだけ、書く。

学校の教師も、賄賂をとることでは例外ではない。幼稚園でも、国民学校―小学校のこと、でも、ふつうは母親が、年に春と秋の二回、子供の担任の先生に「寸志」を包むものだ。

喫茶店や、教員室で封筒に入れた現金を渡す。教員室だったら、先生が机の引出しを少しあけておくから、そこに入れる。先生はよきにつけ、悪しきにつけ、母親を呼び出す。

もっとも封筒が薄すぎた場合には、先生が突然のように威厳を回復して、「ああ、こういうものは貰えないから、あんたが使いなさい」といって、拒まれることになる。当事者の母親の立場になってみたら、相手の良心を麻痺させるだけの、殺虫剤の配合量が足りなかったのである。

恐ろしいことは、
もし、教師に袖の下を包まなかったら、子供が苛められることになる。・・・
子供のほうから親に、先生に金をあげるようにせがむことになる。

韓国の母親たちは、ことさらに教育熱心だ。「チマパラム」(スカートの風)といわれるが、自分の子供にだけよい成績をとらせようとして、金を包むことになる。小学校の教師だって、警察官にけって負けてはいない。小学校の教員を三年も勤めれば、家が建つ、といわれるほどだ。

更に、
現在では、大学の講師や教授になるのにも、裏金を必要とする。相場は、駆け出しの講師でも一億ウォンはかかるといわれる。(日本円では、約千六百万円)
これは、大学の経営者と教授会のメンバーの臨時収入として分けることになっている。

裁判だって、金しだいといわれる。韓国には恥ずかしいことだが、裁判のブローカーがいるのだ。

もう、この辺で、止める。

具合が悪くなる。



posted by 天山 at 07:16| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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