2016年02月24日

もののあわれについて793

はかなき小柴垣も、ゆえあるさまにしなして、かりそめなれど、あてはかに住まひなし給へり。寝殿とおぼしき東の放出に、修法の壇ぬりて、北の廂におはすれば、西おもてに宮はおはします。御もののけむつかしとて、とどめ奉り給ひけれど、いかでか離れ奉らむと渡り給へるを、人に移り散るをおぢて、すこし隔ばかりに、あなたには渡し奉り給はず。




簡単な、小柴垣も、趣のあるように作り、一時のことではあるが、品の良い住み方をしていられる。寝殿らしい、建物の東側の放出に、修法の壇を塗りあげて、北の廂に、御息所がいらっしゃる。西座敷には、宮がおいで遊ばす。物の怪が強いからと、お止め申したが、どうして、お傍を離れましょうと、後を追って、お移りされたが、物の怪が人に移るのを恐れて、少しの隔てだけでもと、そちらには、お入れ申し上げない。




まらうどの居給ふべき所のなければ、宮の御方のみすの前に入れ奉りて、上臈だつ人々、御消息聞え伝ふ。御息所「いとかたじけなく、かうまで宣はせ、渡らせ給へるをなむ。もしかひなくなりはて侍りなば、このかしこまりをだに聞えさせでや、と思ひ給ふるをなむ、今しばしかけとどめまほしき心つき侍りぬる」と聞えいだし給へり。夕霧「渡らせ給ひし御送りにも、と思う給へしを、六条の院に承りさしたる事侍りし程にてなむ。日ごろも、そこはかとなく紛るる事侍りて、思ひ給ふる心の程よりは、こよなくおろかに御覧ぜらるる事の、苦しう侍る」など聞え給ふ。




お客の、座るような場所がないので、宮のお部屋の御簾の前に、お入れして、上臈にあたる人々が、ご挨拶をお伝え申し上げる。御息所は、とても、もったいないことに、このようにまで、仰せになり、おいで遊ばしになられたのに。もし、余命が尽きましたら、この御礼さえ、申し上げないままになるのではと、存じますと、もう少し、生き延びたいという気持ちが、出てまいりました。と、御簾の中から、申し上げる。
夕霧は、お移り遊ばした時の、お供をいたそうと思っておりましたが、六条の院の方に、承ったままの用事がありました時でして。このところ、何やかにやと、手のかかることがございまして、思っていた心に比べますと、誠意がないと、思いいただくのが、心苦しく思われます。などと、申し上げる。




宮は、奥の方にいとしのびておはしませど、ことごとしからぬ旅の御しつらひ、浅きやうなる御座のほどにて、人の御けはひおのづからしるし。いとやはらかに、うちみじろきなどし給ふ御衣の音なひ、さばかりななりと、聞き居給へり。心も空におぼえて、あなたの御消息かよふほど、すこし違う隔たるひまに、例の少将の君など、さぶらふ人々に物語などし給ひて、夕霧「かう参り来なれ、承ることの、年ごろといふばかりになりにけるを、こよなうもの遠うもてなさせ給へる恨めしさなむ。かかる御簾の前にて、ひとづての御消息などの、ほのかに聞え伝ふることよ。まだそこならはね。いかに古めかしきさまに、人々ほほえみ給ふらむと、はしたなくなむ。齢つもらず軽らかなりしほどに、ほの好きたるかたに面なれましかば、かううひうひしうもおぼえざらまし。さらに、かばかりすくずくしう、おれて年ふる人は、たぐひあらじかし」と宣ふ。




宮は、奥の方に、ひっそりと、おいで遊ばすが、充分ではない、旅のお部屋の仕切りに、奥深くない、御座の位置なので、内のほうのご様子が、ひとりでにはっきりと伝わる。とても、静かに、身動ぎなどされる、お召の音を、あのあたりと思い、聞いて、出でになる。心も、上の空になり、あちらへご挨拶を伝えている間、少し永く手間取っているうちに、例により、少将の君など、控えている人々に、話などされて、夕霧は、こうして、よくこちらに伺い、御用をたまわること、何年というほどにもなったのに、あまりにも、よそよそしいお扱いを、遊ばすのが、恨めしくて。こんな御簾の前で、人伝のご挨拶などを、ほのかに、お伝え申し上げるとは。まだ経験したことがない。何とも古風な人だと、皆さん、笑っていらっしゃるだろう、決まりが悪くて。齢もゆかず、位も低かった頃に、色めいた振る舞いをしつけていたら、こう、初な恥ずかしさも、味合わなかったろうに、全く、このように生真面目で、愚かに生きてきた者は、二人とあるまい。と、おっしゃる。




げに、いとあなづりにくげなるさまし給へれば、女房「さればよ」と、「なかなかなる御いらへ聞え出でむは、恥ずかしう」などつきじろひて、「かかる御うれへ、聞こし召し知らぬやうなり」と宮に聞ゆれば、女二「みづから聞え給はざめるかたはらいたさに、かはり侍るべきを、いと恐ろしきまでものし給ふめりしを、見あつかひ侍りし程に、いとどあるかなきかのここちになりてむ、え聞えぬ」とあれば、夕霧「こは宮の御消息か」といなほりて、夕霧「心苦しき御なやみを、身にかふばかり嘆き聞えさせ侍るも、何の故にか。かたじけなけれど、物を思し知る御有様など、はればれしきかたにも見奉りなほし給ふまでは、たひらかに過ぐし給はむこそ、たが御ためにもたのもしきことには侍らめ、とおしはかり聞えさするによりなむ。ただあなたざまに思しゆづりて、つもり侍りぬる心ざしをも、知ろしめされぬは、ほいなきここちなむ」と聞え給ふ。「げに」と人々も聞ゆ。




確かに、とても軽くなどは、扱えないご様子でいらっしゃるので、矢張りと、女房は、変なご返事を申し上げるのは、気が引けます。など、つつき合って、これほどのお願いを、お分かりないみたいです、と宮に、申し上げると、女二宮は、ご自身で、申し上げなさらないご無礼に、私が、代わるところですが、とても、怖いほどのご様態でいるようでしたのを、看護しておりましたうちに、私も益々、生きているやら、どうしていいやら、分からない気分になりまして、ご返事、申し上げられません。ということなので、夕霧は、これは、宮のお言葉かと、居住まいを正して、おいたわしいご病気のご判断が、すっきりとなるまでは、母君がお元気でいらっしゃることが、どちらさまのためにも、こころ強いことでございましょうと、ご推察申し上げるからなので。ただ、母君の事ばかりとお考えになり、長年に渡ります、心の程を、お汲み取りくださらないのは、無駄をした気がします。と、申し上げる。本当に、と女房たちも、申し上げる。




日入り方になりゆくに、空のけしきもあはれに霧りわたりて、山の蔭はをぐらきここちするに、ひぐらしの鳴きしきりて、垣ほに生ふるなでしこの、うちなびける色もをかしう見ゆ。前の前栽の花どもは、心にまかせて乱れあひたるに、水の音いと涼しげにて、山おろし心すごく、松のひびき木深く聞えわたされなどして、不断の経よむ時かはりて、鐘うち鳴らすに、立つ声も居かはるも一つにあひて、いと尊く聞ゆ。所がら、よろづのこと心細う見なさるるも、あはれに物思ひつづけらる。いで給はむここちもなし。律師も加持する音して、陀羅尼いと尊く読むなり。




日は、傾きかけて、空の様子も、しんみりと、あはれに霧が立ち込めて、山の蔭は、薄暗い気がして、ひぐらしは、しきりに鳴き、垣根に生えている、なでしこの風になびいている色も、美しく見える。前の、前栽の色々な花は、思いのまま咲き乱れ、鑓水の音は、とても、涼しそうで、山おろしが、凄いように吹き付け、松風の響きは、奥にこもって、いっぱいに聞こえる。不断の経を読む交替の時間になり、鐘を打ち鳴らすと、立つ僧の声も、入れ替わり僧の声も、一つになって、尊く響く。場所が場所だけに、あらゆることが、心細く見えてくる。あはれに、物思いに耽ってしまう。お出になる気持ちもない。律師も、加持する物音がして、陀羅尼を尊く読むのが聞こえる。

この場合の、あはれ、は、状況説明の、あはれ、である。
また、心の動き。
その有様を、あはれ、という。



posted by 天山 at 06:24| もののあわれ第14弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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