2016年02月02日

もののあわれについて787

今しも心苦しき御心添ひて、はかりもなくかしづき聞え給ふ。
院の帝は、この御処分の宮に住み離れ給ひなむも、つひのことにて目やすかりぬべく聞え給へど、源氏「よそよそにてはおぼつかなかるべし。明け暮れ見奉り聞え承らむ事おこたらむに、本意たがひぬべし。げにありはてぬ世いくばくあるまじけれど、なほ生ける限りの心ざしをだに失ひはてじ」と聞え給ひつつ、かの宮をもいとこまかに清らにつくらせ給ひ、御封のものども、国々の御庄、御牧などより奉るものども、はかばかしき様のは、皆かの三条の宮の御蔵に納めさせ給ふ。またも建て添へさせ給ひて、さまざまの御宝物ども、院の御処分に数もなく賜はり給へるなど、あなたざまの物は、皆かの宮に運び渡し、こまかにいかめしうし置かせ給ふ。明け暮れの御かしづき、そこらの女房の事ども、上下のはぐくみは、おしなべてわが御あつかひにてなむ、急ぎ仕うまつらせ給ひける。




入道された今になり、かえって、宮を気の毒に思う気持ちも、出てきて、限りなく大切にして差し上げる。
上皇陛下は、お譲りの三条の宮に、別居されることになるので、今からのほうが、外聞がよかろうと、申し上げなさったが、源氏が、別々にいては、気になってたまらない。朝晩と世話をしたり、お話を申し上げたり、伺ったり、することがなくなっては、私の気持ちとは、違うことになってしまう。余命は、いくらもありませんが、それでも、生きている間は、お世話したい気持ちだけは、無くしたくない、と、申し上げて、三条の宮をも、念入りに、綺麗に改築させて、御料地の収入や、諸国の荘園、牧場などから、差し上げるもので、目立つものは、皆、あちらの、三条の宮の御蔵にお入れした。
更に、御蔵も、建て増しして、色々な宝物の数々、上皇様の、御遺産処分のとき、数えられないほど頂戴された物など、上皇と宮の品物は、全部、三条の宮の蔵に運んで、念を入れて、厳重に保管させられた。朝晩のお召し上がり物、大勢の女房のこと、下々までの、生活一切、全部ご自分のご負担であり、三条の宮を、急いで、増築される。




秋ころ、西の渡殿のまへ、中の塀の東のきはを、おしなべて野につくらせ給へり。うかの棚などして、その方にしなせ給へる御しつらひなど、いとなまめきたり。御弟子にしたひ聞えたる尼ども、御乳母、古人どもはさるものにて、若き盛りのも、心定まり、さる方にて世を尽くしつべき限りは、選りてなむなさせ給ひける。さるきにほひには、われもわれもときしろひけれど、おとどの君聞こし召して、源氏「あるまじき事なり。心ならぬ人すこしも交りぬれば、かたへの人苦しうあはあはしき聞え出で来るわざなり」と、いさめ給ひて、十よ人ばかりの程、かたちことにては候ふ。




秋になり、宮のお住まいの、寝殿の西の渡殿の前に、中の塀の東側を、一帯に野原の感じにつくらせられた。あかの棚などを造り、仏道修行向きに、お作りになったお飾りなど、女らしい美しさである。是非、弟子にと、お後を慕った尼は、乳母や老女はよいとして、若い盛りの女房であっても、決心が固く、尼生活で、一生過ごせる者だけを、お選びになった。
そういう、思いの時は、我も我もと、競争で申し出たが、殿様がお耳にして、源氏、よろしくないことだ。本当の決心がない者が、一人でも入ると、周りの者が困る。また考えが足りないとの、評判が出ることにもなる。と、お叱りになり、十何人だけくらいにが、尼姿で、お付きしている。




この野に虫ども放たせ給ひて、風すこし涼しくなり行く夕暮に、渡り給ひつつ、虫の音を聞き給ふやうにて、なほ思ひ離れぬさまを聞え悩まし給へば、女三「例の御心はあるまじきことにこそあなれ」と、ひとへにむつかしきことに思ひ聞え給へり。




この野に、沢山の虫を、お放しして、風が少し涼しく吹くように、日増しになる、夕方、源氏は、よくこちらにお出でになっては、虫の音をお聞きになるようで、今になっても、諦めきったのではない、心の中を、宮に申し上げて、困らせる。女三の宮は、お決まりのこと、このお癖は、けしからぬことと聞く、と、いちずに、宮は、あしらいかねている。




人目にこそ変はることなくもてなし給ひしか、内には憂きを知り給ふ気色しるく、こよなう変はりにし御心を、いかで見え奉らじの御心にて、多うは思ひなり給ひにし御世のそむきなれば、今はもて離れて心安きに、なほかやうになど聞え給ふぞ苦しうて、人離れたらむ御住まひにもがな、と思しなれど、およずけてえさもしひ申し給はず。




人目には、昔と変わらぬ扱いではあったが、お心の中では、嫌な事をご存知という、素振りがはっきりしていて、すっかりと、変わってしまったお心ゆえ、何とかして、お目にかからずにいたいというお気持ちで、それが原因で、出家を決心されたのだから、もう関係ないと、安心していたのに、今も変わらず、このようにお耳に入れられるのが、辛くて、離れきった、山寺に行きたいという気になられるが、背伸びして、そう口にすることは、お出来にならない。






posted by 天山 at 07:54| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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