2016年01月07日

打倒・韓国54

朝鮮では姓名を持たない者は白丁奴(パクチョンノム)や火賊奴(ファジョクノム)などと呼ばれ、虐待の対象とされていた。朝鮮の婦女子と賤民にやっと堂々と氏名をつけることが許されたのは、日帝時代に入ってからである。日本の戸籍法にもとづいて、戸籍謄本に指名を明記するための義務づけであった。


ということは・・・
氏名を持たなかった、差別された人たちに、氏名を名乗ることを、認めたという、画期的な出来事である。
つまり、日本は、朝鮮人に氏名を与えたのである。

朝鮮社会の差別は、他に類のないものである。
後々に、書き付ける。

韓国人の宗族の血筋を記す族譜は、古いものでも、15世紀の李朝までである。
それ以上は、妄想だ。

大半が、伝聞調になり、開国の檀君直系であるというのは、北朝鮮の将軍様ぐらいだろう。

韓国人が、血筋を大切にするという、理由は簡単である。
支那コンプレックスである。
由緒ある、血統書つきのペットには、人気がある。
韓国人も、宗主国である、主人からの寵愛が欲しかった。

この、中華コンプレックスが、朝鮮を支那以上の、儒教思想の囚われにしたといえる。

さて、韓国社会の、階級社会、閉鎖社会の様は、呆れるほどである。

国王を権力の頂点にして、王族、両班、中人、常人、賤民。
賤民は、更に、奴婢、芸人、巫医、巫女、白丁など、多くの階層により、構成されている。

現在も、李朝時代を思わせるような、差別が存在する。

形式的には、李朝の国王が立法、行政、軍事などのすべての権力を独占していたことになっているが、実際は党争に勝った士林や両班の集団が、国王の名をかりて暴虐な悪政を敷いていた。李朝の国王たちは、500余年、27代にわたって半島に君臨してきたが、世宗らごく少数の国王をのぞいたほとんどが、朋党や外戚に支えられた暗愚の君主であったのだ。


李朝の権力構造は、国王を頂点としてその下に議政府、中央官、地方官という序列であった。ピラミッド型ヒエラルキーを土台とした専制王政は、典型的な中央集権的国家である。日本の伝統的士農工商社会とも違い、東アジア社会ではほかに見られないもっとも頑強な階級社会、差別社会で、両班を中心とするインド的カースト制をもつ儒教社会だ。


韓国人は、男子単系血族を中心に、中国以上に強固な閉鎖集団社会をつくっている。彼らが仲間意識を持つのは、一族、姻戚関係から結ばれる門閥、門閥を土台とする党派が主で、あとは地縁的関係のある同郷人ぐらいなものだ。


大中華社会には、義侠(ヤクザ)集団と、ギルド(職業的集団)により結ばれた「幇会」と呼ばれる組織があった。
その社会を、「江湖社会」と呼ぶ。
江湖社会は、社会基盤を作っていた。
同じ組織の者には、手を貸す、また各地を渡り歩く場合は、組織の人脈を頼る。

これは、韓国とは違う。
血縁、ゆかりある人々としか、仲間意識を持たない小中華、朝鮮と、組織ネットワークに仲間意識を持つ、大中華という、社会性である。

韓国にも、朋党という、党派や、コリアン・マフィアが存在するが、内ゲバによる分裂があまりに多く、組織の体を成していないのである。

この度も、強くない野党が、分裂である。
韓国社会は、「50人による陰謀は、その共同体の49人から漏れる」という、ダレ神父の言うように、実に難しいというか、終わっている。

更に、より強固になった、血族集団を中心に生まれたのが「ウリ」という、仲間意識である。
そして、「ナム」という、他人、赤の他人という、意識である。

朝鮮半島は、1894年の甲午改革により、「四民平等」を宣言した。
この時、戸籍法が改正され、婦女子だけではなく、賤民、奴婢なども、戸籍を持つようになった。それまでは、一人の人間として、認められていないのである。

その後、近代国家として、本格的な社会改革が行われるのは、日本統治時代の、朝鮮総督府から、総督府時代である。

この時は、法律の施行により、万民平等の原則に基づく、階級差別廃止が、断行された。

朝鮮総督府による、門閥廃止、万民平等という、社会改革は、朝鮮史上初めての、階級差別廃止であった。
もし、それがなければ・・・
今、現在も、残っていたかもしれない。
何せ、現代でも、差別意識は、実に激しいのである。

韓国にとっては、実に恥ずかしい歴史であろうが・・・
李朝時代末期には、奴婢の中に、更に、公賤と私賤の区別が生じた。

私賤になるのは、婦女子が大半で、個人が囲う奴隷として、使役された。
彼女たちは、日韓併合に至っても、一人30円で売買されて、その価格は、アメリカの奴隷より、安かった。

婦女子の奴隷は、特定の夫を持たず、主人に属していた。
主人は、一人ではなく、何人かの間を渡り歩く。
子供を産むと、主人の所有物とされ、子供も奴隷として、転売されたのである。

女に対するこの感覚は、旧約聖書の、女性蔑視以上のものだろう。
あちらも、女は、動物と同じように、扱っていた。

モーゼの十戒の中にある、汝、誨淫するなかれ、と、盗むな、という、2つは、同じ意味で、相手の所有物を犯すなという、意味である。

それが、女だった。

さて、更に驚くべきは、地域差別である。
兎に角、朝鮮人、韓国人は、差別が好きなようで・・・
あまりに酷いので、ここでは、省略する。


posted by 天山 at 07:53| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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