2016年01月04日

打倒・韓国51

さて、これから、また、再度、日本統治時代について、書く。
私自身が、興味深く思ったものは、創氏改名について、である。

このことについては、日本人も、韓国人も、事実を知る人は少ないのではないかと、思える。

簡単に言えば、韓国人が、日本名に変えるというものである。
それが、強制されて行われたと、いつもの嘘を韓国人は言う。

ところが、実際を調べると、全く話が違うのである。

創氏改名は、皇民化運動、国民文化運動の一環として、昭和15年、1940年から、五年半に渡って推進されたものである。

勅令第一九号の朝鮮民事令改正により、朝鮮民事令第十一条に記される。
「内地民法の「氏」の規定から、朝鮮の戸籍に氏を新設する。つまり、創氏である。

そして、法令第二十号「朝鮮人の氏名に関する件」により、日本風の名前に変更する、というもの。

およそ、五年間で、全朝鮮戸籍の80%以上が、日本風の氏、全人口の約10%が、日本人名を名乗るに至ったと推定されている。

この、創氏改名運動は、強制的に実施されたものではない。
あくまでも、任意であった。

上記の法令は、法制化されたが、自己届出制であった。
それは、勅令第十九号附則第二項の「氏設定届け」で定められている。
また、第二十号には、裁判所の許可による「氏名変更」制度であることが、記される。

姓名を奪ったとする、韓国であるが・・・
大嘘である。

当時の朝鮮人社会では、読み書きが満足に出来なかったのである。
行政指導、マスコミの鼓吹により、人々が、左右されるのが、当然だった。

創氏改名をするものと、思い込んだ者もいたはずである。

更には、姓名など無い者、そういう差別的な身分にいた者たちも多い。
そして、女性は、名も無い、社会である。

実際、創氏改名などしなかった村々も、多く存在したことが、知られている。

ここで、黄文雄氏の、説明で台湾と比べてみる。

台湾人は、韓国人以上に改姓名の経験がある。はじめは清の時代で、原住民に対する徹底した創氏改名が行われ、漢姓と租籍(本貫=一族発祥の地名を指し、姓名と組み合わせる)の捏造を強制された。それを受け入れなかった者には、税金10倍と、公用の使役が課せられたのだった。


その次が、日本時代である。
これは、朝鮮人のような、自己申告制ではなく、許可制の改姓名が行われたのである。

そして、最後は、国民党政府時代である。
日本式姓名を、再び、中国式姓名へと戻すことだった。

朝鮮の日帝時代に行なわれた創氏改名は、本来ならば上流階級に与えられた一種の特権だった。朝鮮総督府による自己申告制というのは、つまり、被治者が治者側と同じになれるという恩恵であり、朝鮮人でも、日本人と同じになりたければどうぞ、という寛大な措置だったのだ。


ということで・・・
未だに、日本人も、韓国人も、日本が姓名、名を奪ったと、思い込んでいる者が、多々いるのである。

そういう、何も知らない、調べない、ただ、韓国人の、言い分を聞いている輩である。

だが、台湾は、違ったのである。
黄文雄氏の案内で見る。

台湾では、二年遅れて、改姓名運動が行われた。
朝鮮人は、自己申告すれば、簡単に改名できたが、台湾人は、知事、群守、町長などの許可がなければ、改名出来なかったのである。

更に、改名前の前提条件として、祖父の代から三代にわたり、一族に一人も犯罪者がいない、憲法遵守の家、つまり、家庭潔白を要求された。

その他に、皇民化に協力している、日本語常用家庭、神道崇拝家庭であるなどというものという、条件である。

それが、朝鮮では、一切無いのである。
もし、台湾のようであれば、誰も、創氏改名など、出来なかっただろうと、私は思う。
朝鮮に、まともな者は、一人もいないからである。

台湾における条件の厳しさは、現在のアメリカ市民権であるグリーンカードとは比べ物にならないほどである。そのため、朝鮮では改姓名の申告が80%以上もあったのに対し、台湾では改姓名の許可を得られたのはわずか1パーセント前後でしかなかったという説もあるほどだ。終戦直前には条件がゆるやかになり、許可される率は10~20パーセントにアップしたとの説もあるが、正式な統計がなく、正確なところはわかっていない。ただ、実際のところは、台湾の山岳民族である高砂族の村では、たいていが日本名を持ち、日本語を常用し共通語として使用していた。


日帝の韓人に対する創氏改名への非難や、その史実捏造については、時代背景がまったく考慮されていない場合が多い。そのために、史実が捻じ曲げられてしまうのだ。忘れてはならないのは、当時の欧米植民地下にあったアジア諸国にとって、日本の存在とは、忌み嫌うどころかあこがれの的だったのである。したがって、日本人になりたがっていたアジア人も多く存在していた。朝鮮において80%以上が創氏改名したというのは、その表れであった。


韓国人は、決して認めないで、否定するだろうが・・・
現在も、日本は、アジアの希望と期待を負っているのである。

あの当時、日本は、色付き人間と蔑まれていた欧米と、同等の地位にあったのである。
日露戦争の勝利が、そのようにさせた。
黄氏が、書く通り、時代背景を無視するということは、無謀すぎるのである。
その、無謀を延々としているのが、韓国という国である。




posted by 天山 at 06:39| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。