2015年12月24日

玉砕91

圧倒的な物量を誇る、米機動部隊に対して、特攻隊は、戦闘機、回天、桜花、震洋といった、小兵器を持って、特攻を敢行した。

実際にこれらの武器で、戦果をあげ得る前にあえなく散華した多くの純粋な若者たちには、彼らの驚嘆すべき祖国愛の高揚と、その比類ない勇気のゆえに、いっそういたまくし、まことに胸えぐられる悲痛さを禁じ得ないものがある。
しかし、これらの武器が我々の眼にはいかに悪魔的と映り、それによってあたら命を捨てた若者たちの冷たい勇気と決意のほどがいかに我々を畏怖せしめようとも、それでもなおかつこれらの日本の若者たちは、言葉の最も高貴な意味において英雄であり、未来永劫、英雄として我々の心中に存在しつづけることはまちがいない。
ベルナール・ミロー

それは、彼らが、無名の戦士だったからである。
その行為は、無私、無償の行為である。
地位と名誉とは、無縁なもの。

筆を進めつつも、著者は日本人の特攻隊員に敬意を禁じ得なかった。

神風は著者にとってひとつの叙事詩となった。なぜなら数千人の日本の若者が、愛機をあやつって滑走路に出てきて、そこから敵撃滅の意気に燃えて絶対の死が待つ所へ出発していったのであるが、その各人が実にさまざまに様子の異なる感情を抱いて出て行っているので、そのさまは大きな叙事詩を形成しているように思われたからである。
ベルナール

日本と日本人がアメリカのプラグマティズムと正面衝突をし、そして戦争末期の数ヶ月間にアメリカの圧倒的な物量と技術的優位の前に、決定的な優勢を敵に許してしまったとき、日本人は対抗手段を過去から引き出してきた。すなわち伝統的な国家への殉死、肉弾攻撃法である。
このことをしも、われわれ西欧人はわらったり、あわれんだりしていいものであろうか。むしろそれは偉大な純粋性の発露ではなかろうか。日本国民はそれをあえて実行したことによって、人生の真の意義、その重大な意義を人間の偉大さに帰納することのできた、世界で最後の国民となったと著者は考える。
ベルナール

彼らは人間というものがそのようであり得ることの可能なことを、はっきりと我々に示してくれているのである。
ベルナール

つまり、人間は、信じられるという可能性である。
これについては、多くを言葉にしない。
様々な角度から見ても、そうである。

彼らの採った手段があまりにも過剰で恐ろしいものだったにしても、これら日本の英雄たちは、この世界に純粋性の偉大さというものについて教訓を与えてくれた。彼らは1000年の遠い過去から今日に、人間の偉大さというすでに忘れられてしまったことの使命を、取り出して見せ付けてくれたのである。
ベルナール

美化するのでも、美談にする、あるいは、英雄譚と見れば、意味がない。

精神の純粋性といった人間性の尊厳を世界の精神史に鮮烈に刻みつけた一大モニュメントとして把握するとき、特攻は世界史的意味においても、充分すぎるほどの現代的意義を持つものなのである。
特攻の本

私は、特攻作戦を讃美しない。
特攻隊員を、讃美する。

邪な心では、それ、特攻隊を理解出来ないばかりか、屁理屈の下手な批判や、非難を聞くだけである。

その、時代性と、時代精神が生んだもの、それが、特攻隊である。

日本の歴史に存在する、大君、天皇という存在の意義と意味も、私は、ここから考えることが出来る。
この、純粋性というものは、伝統があって、成り立つものであることだ。

伝統のないところに、どうして、純粋性などいう、精神の輝きがあるだろうか。

そして、彼らの多くが、万葉集を持参していたということでも、分るのである。
それも、万葉集は、昭和初期に、ようやく現在の形で、世に現されたものである。

その、万葉集の中にある、防人たちの歌の数々・・・
彼らは、その歌の一つ一つに、身を持って読んだことだろう。
身読という。

彼らの行為は、英雄である。
無名の戦士である。

雲湧きて 流るるはての 青空の
その青の上 わが死に所     古川正崇
くもわきて ながるるはての あおぞらの そのあおのうえ わがしにどころ

昭和25年5月29日、神風特別攻撃隊振天隊の一員として、沖縄海域で戦死した、23歳の若者が、出征の日に歌った。

単純素朴な歌である。
だが、そこに、死に場所を見た若者の心・・・

昭和18年10月1日、第十三海軍飛行隊予備学生として、三重、土浦の海軍航空隊に入隊した、若者は、4726名である。
それから、敗戦までの、一年十ヶ月のうちに、1605名が、戦死した。
更に、そのうち、特攻隊員として、散華した若者は、447名である。

それらの、若者たちの、遺書、遺稿をまとめた、「雲流るる果てに」から、紹介する。

それらの若者たちは、入隊時には、操縦の知識、技術も皆無である。
入隊早々から、猛訓練に明け暮れた。

一瞬の飛行作業もすなわち戦闘なり。
救世の務めなり。最後の忠節なり。
今日も一日最善を尽さん。

23歳で、フィリピン方面で、特攻死した、市川猛の言葉である。

最後の忠節・・・
現代の若者が、忠節の意味を知るだろうか。
勿論、救世という言葉も、である。

死を覚悟しなければ、容易に出て来ない言葉である。

これから、しばらく、特攻隊の若者たちの、遺書、遺稿を眺めてみる。



posted by 天山 at 06:47| 玉砕3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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