2015年11月19日

打倒・韓国43

韓国では儒教思想のおかげで、職人をはじめとする技能者は低くみられた。飲食店のようなサービス業は、卑しい仕事であった。・・・

韓国では、日本人のように五代も、六代も続いた蕎麦屋や、菓子屋が暖簾を誇りにしてるようなことは、まったくみることができない。とにかく食堂は恥ずかしい職業なのだ。韓国のデパートの女子店員や、レストランのウェイトレスがつっけんどんで愛想が悪く、サービスが粗雑なのも、卑しい仕事についているという自己卑下が現れたものなのだ。


以前に書いたが、両班などは、箸を持つことさえ、嫌ったという。
兎に角、働くことが、卑しいのである。

ただ、白人主義も、労働を嫌った。
それは、労働は、神に与えられた罰とする意識がある。
旧約聖書からのもの。
だから、奴隷を使役した。

韓国人が日本を訪れて、魂消るほど驚くことの一つに、日本のテレビで一般の視聴者が登場する番組のなかで、出演した主婦が夫の職業をたずねられて、「うちの人はトラックの運転手をしています」とか、「調理師です」とか、「ラーメン屋台をひいていますよ」、「清掃局に勤めています」と堂々ということである。これは韓国人にとっては、一瞬、耳を疑うような発言なのだ。そして、だから日本人は恥を知らない一段下の奴らだ、という信念を確認する事になる。


韓国では、出来るだけ曖昧にして、「事業をしています」という、らしい。

韓国で社員を募集して面接するときに、父親の仕事をきいたら、「事業」という答えが多いのだ。自分が受け持っている仕事に誇りがいだけないのは、悲しいことである。


自己を誇張するのは、韓国人の癒しがたい業病である。自分の父親や、先祖が「偉く」なかったとしたら、さも偉かったようにつくろわなければならない。とにかく自分が偉いのだ。だから人々と協調することができない。


韓国人は、つねに競争意識という牙をむきだしている。もっとも、これが個人主義であれば、まったく問題がない。欧米社会の発展の原動力となった個人主義は、一人一人が他人の持っていない力を養って、その個性的な力を使って社会の役に立てよう、というものである。
個人主義とは、インディビジュアリズムであって、エゴイズム(利己主義)とはまったく異なったものだ。韓国人の大多数がエゴイスティックなのだ。


日本では大勢が集まる、集まった人々以上のエネルギーが発生する。日本は「大勢文化」なのだ。日本の発展は、この「大勢文化」がもたらしたものだ。


朴氏の、記述を抜書きしている。
何故、これを抜書きしているかは、次ぎのシンシアリー氏の、反日に走る若者たちの様子を、理解するためである。

朴氏も書くが、日本には、和という言葉が、日本と同じように使われる。
和物とは、日本物のことであり、和室、和服、和紙、和風・・・
日本には、和の文化がある。

和をもって貴しとする。
千年以上、本当は、縄文期から、和という、精神を育んできた日本民族である。
更に、神々も、働くことを、よしとする神話である。

現在の韓国人の若者たちを、シンシアリー氏は、
韓国の青年たちは、今まで信じていたものをなくし、新しく信じられるものが見つけられない状態になっています。
と、言う。

そして、それは、
朝鮮戦争を戦い愛国だけを信じて生きてきた高齢者たちが、信じてやまなかった「国」からも「孝」からも捨てられ、頼れるものをすべてなくしてしまったのと同じです。
と、言う。

彼らが人生のすべてをかけて夢見てきた「勝ち組」としての生き方は、最初から一部だけのためのものでしかなかったのです。だからといって、負けたものへの尊重など、ありはしません。誰かが人の上に立つということは、誰かが人の下で踏み潰されることが前提となるものです。競争社会だからこそ、競争の結果で生まれる序列に対しては、お互いが敬意の念を示さなければならないのです。競争が公平でなければならない理由もそこにあります。
シンシアリー

続けて、
しかし、最初から狂ったような序列意識によって作られた競争社会に、そのような高次元なものがあるはずないではないですか。獣の人の気高さがわかるものですか。上に立った人への祝福も、下に落ちた人への尊重も、その社会にはないのです。そして、宝物のように大事にしてきた「スペック」を振り返りながら、負け組みの青年たちは、口にします。絶対言ってはならないことを。”いったい、なんだったんだ・・・”

その絶望感の中、反日思想は彼らにとってかけがえのないガス抜きです。絶対に負けない「比べ」の対象です。なぜなら、韓国は絶対善で、日本は絶対悪だからです。最初から負けるという設定はありません。
シンシアリー

ここで、負け組み青年における、極端な反日思想というものの、正体が分るのである。

負けという、手負いの熊に、何が出来るのか・・・
その、暴れる様は、ただ、見ているしかない。
つまり、手が付けられないのである。

そして、その根拠は、単なる、夢、捏造、ユートピアのような歴史にある。
これほど、恐ろしいことはない。
精神病者と同じである。

それは、自滅を待つしかないと思われる。
完全に、精神病者となるまで、待つしかない。

韓国は、国を挙げて、歴史の捏造を繰り返している。そして、それを、子どもの頃から、教え込んでいる。
このような、民族、国民に、何を持って話し合うことが出来るのか。

不可能である。








posted by 天山 at 07:00| 打倒・韓国2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。