2015年10月14日

もののあわれについて763

宮もものをのみ恥づかしう、つつましと思したる様を語る。さてうちしめり、面やせ給へらむ御様の、面影に見奉る心地して思ひやられ給へば、げにあくがるらむ魂や、ゆき通ふらむなど、いとどしき心地も乱るれば、柏木「今さらに、この御事よ、かけても聞えじ。この世はかうはかなくて過ぎぬを、永き世のほだしにもこそと思ふなむ。いとほしき。心苦しき御事を、平かにとだにいかで聞きおい奉らむ。見し夢を心一つに思ひ合はせて、また語る人も無きが、意味じういぶせくもあるかな」など、取り集め思ひ染み給へる様の深きを、かつはいとうたて恐しう思へど、あはれはた、え忍ばず、この人もいみじう泣く。




宮も、何かと、具合の悪い、肩身の狭い思いをしていられる、様子を語る。
そのように、沈み込んで、面痩せしていらっしゃる様子が、目先にちらつく思いがするので、本当に、身を抜け出した魂が、あちらに行き通っているのだろうかと、以前にも増して、心が乱れる。
柏木は、いまさらに、宮の御事を、口にもしない。現世は、このように、はっきりしないで、終わってしまったが、宮の往生の妨げにならないかと思うと、お気の毒だ。心にかかる出産、ご無事に済んだと聞いてから、死にたい。見た夢を勝手に思い、他に話す人もなく、酷くたまらないことだ、などと、何かと、心の中に考えている執念の深さである。
それを、恐ろしいこと、嫌なことと思うが、いっぽうで、死にそうな人への、同情が抑えられず、小侍従も、激しく泣くのである。

見し夢とは、猫の夢である。




紙燭召して御返り見給へば、御手も、なほいとはかなげに、をかしき程に書い給ひて、女三「心苦しう聞きながら、いかでかは。ただ推し量り。残らむとあるは、

立ち添ひて 消えやしなまし 憂き事を 思ひ乱るる 煙くらべに

おくるべうやは」とばかりあるを、あはれに、かたじけなしと思ふ。




紙燭を取り寄せて、ご返事を御覧になると、ご筆跡も、やはり弱々しく、だが、綺麗にお書きになり、女三の宮は、お気の毒に思っていますが、どうして、お伺いできましょう。お察しするばかりです。お歌に、残ると、ありますが、

御一緒に、消えてしまいたいと。辛いことを考えて、ちぢに乱れる心で、どちらが酷いか、比べるために。

生き残れましょうか。と、だけあるのを、心から恐れ多いと思うのである。




柏木「いでや、この煙ばかりこそは、この世の思ひ出ならめ。はかなくもありけるかな」と、いとど泣きまさり給ひて、御返り、臥しながら、うちやすみつつ、書い給ふ。言の葉の続きもなう、あやしき鳥の跡のやうにて、

行方なき 空の煙と なりぬとも 思ふあたりを 立ちは離れじ

夕はわきて、眺めさせ給へ。咎め聞えさせ給はむ人目をも、今は心安く思しなりて、かひ無きあはれをだにも、絶えずかけさせ給へ」など書き乱りて、心地の苦しさまさりければ、柏木「よし。いたうふけぬさきに、帰り参り給ひて、かく限りの様になむとも、聞え給へ。今更に、人あやしと思ひ合はせむを、わが世の後さへ思ふこそ、口惜しけれ。いかなる昔の契りにて、いとかかる事しも、心に染みけむ」と、泣く泣くいざり入り給ひぬれば、例は、無期にむかへ据えて、すずろごとをさへ言はせまほしうし給ふを、言少なにても、と思ふがあはれなるに、えも出でやらず。




柏木は、いや、この煙の歌だけが、この世の思い出。はかないことであった。と、ますます、泣かれて、ご返事を、横になったまま、筆を置き置き、お書きになる。文も続かず、筆跡も変で、鳥の足跡のようで、

行方もない、大空の煙と、わが身がなっても、思う方のお傍を、離れることはありません。

夕方は、とりわけ、空を眺めてください。咎めるお方の目も、私が死んだ後は、心配ないと、思われて、何もされないが、せめてあはれだけでも、掛けて下さい。など、乱れ書きして、気持ちが益々、苦しくなるので、もうよい。夜が更けないうちに、早く帰って、このように、臨終だったと、お耳に入れてください。今となっては、変だと、人が感づいたりしたら、死んだ後の事まで考えたりするとは、残念なことだ。いったい、どんな前世の約束で、こんな事が、心について離れないのか。と、泣く泣く、いざって、お入りになったので、いつもは、いつまでも前に座らせて、無駄話までさせるのだが、今日は、お言葉も少ないと、心が痛み、後かまわずに、帰ることも出来ない。




御有様を、乳母も語りて、いみじく泣き惑ふ。おとど等の思したる気色ぞ、いみじきや。「昨日今日、少しよろしかりつるを、などか、いと弱げには見え給ふ」とさわぎ給ふ。
柏木「なにか。なほとまり侍るまじきなめり」と聞え給ひて、みづからも泣い給ふ。




この有様を、乳母も話して、とても、おろおろと泣く。殿様なども、ご心配されて、大変である。昨日今日は、少しは良かったのに、どうして、すっかりと弱ってしまったのか。と、騒がれる。柏木は、いえもう、とても、生きられませんようです。と申し上げて、ご自分も、泣くのである。

柏木の家族たちの、様子である。

だが、その騒ぎとは別に、女三の宮は、子供を生む。
物語は、新しい段階に入るという、暗示だ。

その柏木の子が、また、物語の役となって、お話が進む。







posted by 天山 at 05:26| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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