2015年10月01日

玉砕74

敗兵の末路は、哀れである。
ビルマ戦線、インパール作戦の戦記を読むが、それは、すべての戦場にいえることだ。

第一線の歩兵は捨石と同じだった。死守・固守せよの命令はうけても、撤退せよの命令を持って来ることはまずなかった。レータン西方高地も同様で、友軍の確保陣地さえおぼつかないありさまだった。片道の命令は、お前たちはそこで死ねということであった。

撤退する道端には、動けない兵隊が置き去りにされていた。顔にあつまる蝿を追うこともできず、やせた手足は関節ばかりがめだち、雨期の雨にぬれて寒いのか、それともマラリアのためなのか、小刻みにふるえていた。われわれをぼんやりと見送る兵隊たちは、みな丸腰だった。
隊員たちは、それぞれ声をかけて、連れて行こうとした。
「いっしょに行くんだ、この後から友軍はこないぞ」
「戦友殿、手榴弾を一発ください」
力ない声で言うが、友軍の自決に使われるほどは持っていなかった。
「この後から敵がちかくまで来ているんだ、はやくしろ、立てよ」
兵隊たちは、みな同じことを言う。
「戦友が、迎えに来ますから」
「来るのは敵だ。退がるんだ」
「立って歩けよ」
彼らの姿を見ていると、涙が出る。どうしてわれわれが三日間も敵をおさえているうちに退がらなかったのだろう。一人でも助かるものならと口々に促がすのだが、一人として立ってくる兵隊はいなかった。
こんどばかりは生きて渡ることはないだろうと思ったシボン鉄橋にちかづくと、一発また一発と散発的な砲弾が炸裂していた。

退路の方向の山に、白いパラシュートが、緑の木々にぶら下がってみえる。英印軍は、われわれの退路を遮断したという。ただ一本の道路を敵に確保され、部隊の退く道はなくなった。この後どうなるかと考えるのも嫌になる。
これより傷病兵の患者部隊は山越えで南進し、健脚部隊は山中をさらに迂回して、モーレを確保するため急進することになった。第一中隊は広瀬義久少尉、山田芳枝准尉、そして渡しをふくむ三人の、計五名だけとなった。第一中隊は五十名くらいにみえた。

急進によって列の前後は長くなるばかりで、二人、三人とやがて遅れはじめた。健脚部隊といっても、なんとか歩ける兵士が選ばれたにすぎず、精神力というか、緊張したなかでの気力だけである。こうなれば歩けなくなったところが最後の場所と、懸命にがんばった。
やがてチークの根本に、一人の兵士が歩行困難になって座っていた。かたわらに同じ部隊の下士官がたっていた。私も立ち止まって心配気に様子をうかがう。
「元気を出せよ、もう少しのがまんだから」
下士官が文句を言った。いたわりの言葉ではない。
「歩けないのか!」
「・・・」
「どうする、だめなら自爆しろ」
「・・・」
座ったままの兵隊は返事をしなかった。下士官は手榴弾を持ち、
「手榴弾をやめから、やれ」
「・・・」
兵隊はだまって目を閉じ、うつむいたままだった。
「できないのか!」
下士官は思い余って銃をかまえた。部隊は遠く離れて、さきの山中へ入って行ってしまった。このままだと下士官はほんとうにやりかねない。あまりの見幕に見かねて、
「何をするんだ、そこまでやらなくても」
「このまま置いて入ったら、一人で苦しむばかりだ。かまわず行ってくれ」
「そのままにしておいてやれよ」
他隊のことなので、それ以上のことも言えず、二十メートルばかり離れたとき、「バーン」と鈍い音がした。振り返り立ち止まっていると、下士官が追ってきた。ほんとうにやったのか、と心中、怒りを覚えた。
「やってしまったのか」
「うん・・・」
「やるなと言ったのに!」
「しかたがないんだ・・・」
下士官も涙声になった。だれだっか兵隊の氏名も聞かなかったが、戦友に撃たれて死ぬとは情けなかったであろう。自分の中隊員であったら、下士官といえどもただではすまないが、他隊ゆえに私はがまんした。

上記は、戦記の書かれてあることで、事実である。
そのような、玉砕も、あったということだ。

戦場とは、通常の場ではない。
尋常ではない場が、戦場である。

苦しませて死ぬより、即座に死ぬ方がいいと、判断したのか・・・
分らない。

本道の南を迂回し山中を歩いた部隊は、やっとモーレに入った。そこには驚くべきことに、道路ばた、木の下、家の中から床下にいたるまで、友軍の死体が散乱していた。動いている兵隊はほとんどなく、死臭があたり一面にたちこめ、鼻をついた。激戦をへたわれわれ兵士でさえ、まさに目をおおうばかりの惨状であった。

ここで休憩となるが、腰をおろす場所がない。付近一帯には血便が散乱し、屍を見ながら立ったまま銃を枕にして休んだ。出発にさいしては、銃床に付着した便を草や木の葉でふきとってから担いだ。

日本軍将兵たちのいたしまい姿はここだけにとどまらず、行く先で動かない兵隊が腐った骸となり、あるいはなかば白骨化していた。敗戦にともなう敗兵の末路を見せ付けられ、悪寒が背筋を走った。悲惨、無情、神も仏も、わが軍を見捨てたのかと思った。

たどり着いたモーレには友軍の死体だけがあり、糧食はなにひとつ準備されていなかった。ただ、敵が残していった純毛の毛布が、簡易倉庫の天井にとどくほど山積みにされていた。敵の入ってくるものも時間の問題となったいま、ふたたび敵の掌中に帰するのかと思うと、無性にしゃくにさわる。
「毛布をだめにしてやれ」
倉庫内にたまった水の中に毛布の山をつきくずし、何十枚もの毛布の上でやっとわれわれは休憩した。

タムに入っても、兵隊の死体が同じようにつづいた。このまま死体を整理する者もなく、朽ち果てるのにまかせるのかと思うと、感慨無量、悲嘆にくれる。

この有様を見続けて、兵士たちは、更に、敵と遭遇して、戦うことを、繰り返す。
延々と続く、戦記の記述に、呆然とする。

だが、何度も、繰り返して読むべきだと、思う。
これが戦争であり、戦争反対というならば、読むべきである。

ただし、現在は、戦争ではないかと言われれば、私は、戦争状態にあると、言う。
戦闘の戦争ではなく、情報の戦争である。
中国、そして、その属国、韓国が、捏造した日本軍の蛮行を、世界に向けて、繰り返し発進しているのである。

これも、戦争であると、意識、認識すべきなのだ。

そして、本当の戦闘が起こったとき、世界の国々が、そのウソの情報を信じたら・・・
日本を叩き潰そうとするだろう。




posted by 天山 at 06:05| 玉砕2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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