2015年09月01日

打倒・韓国21

日韓議定書は、六か条からなる。
第一条、 大韓帝国政府が、日本の忠告を容るる事
第二条、 大韓帝国の皇室の安全康寧
第三条、 大韓帝国の独立及び領土保全
第四条、 第三国の侵害により、韓国が危機にさらされた場合に、韓国が日本の行動を容易ならしむるため十分便宜を与ふる、とともに、日本が、軍略上必要の地点を臨機収容することを得る事
第五条、 両国が、本協定の趣に違反すべき協定を第三国との間に締結することを得ざる事。
第六条、 両国が、この議定書の細目について協議するという事。
以上である。

韓国は、日韓議定書により、日本の事実上の保護国となった。

この年、11月に、日本は、伊藤博文を特派大使として、ソウルに派遣し、第二次日韓協約を強要した。

それは、五カ条上からなるもので、日本が、韓国政府に代わり、韓国の外交権を握ること、韓国に統監を置く事を求めている。

その三条には、日本国政府は、その代表者として韓国皇帝陛下の門下に一名の統監を置く、と述べている。
統監を、英語の、レジデントゼネラルと、使っている。
つまり、日本の帝国主義は、西洋の考え方だったということ。

当時の世界は、帝国主義の全盛期である。

統監府は、翌年2月に、開設され、伊藤博文が、初代の統監となる。
この時点では、まだ、日本政府が韓国を併合するという、合邦積極派と、保護国として、半独立のままで、という意見に分れていた。

伊藤博文は、韓国側の閣僚と、日本人顧問を構成員とする、施政改善の協議会を作り、八回目の会合で、このように述べた。

「日本はとうてい韓国を、他国の併合にまかすことはできない。今、もし日本に併合しようという意志があったとすれば、一挙手一投足の労だけで、その目的を達することができるにもかかわらず、そうしない所以は、日本は韓国を併合し、巨額の経費を浪費して、自ら韓国を統治する愚を犯すよりは、むしろ韓国を興して、隆盛の域に導き、韓国人をして完全に国を防衛せしめ、これと同盟してもって我が国の安全を図ろうと欲する。」
である。

勿論、韓国人には、その気概も、努力も無いのだが・・・

しかし、1909年10月、ハルピン駅前において、伊藤は、安重根という、テロリストに暗殺された。
これが、日韓併合を、早めたといわれる。

安重根とは、単なる勘違いだった。
伊藤は、韓国独立を考えていたのである。
しかし、韓国が独立・・・
無理である。

当時の韓国の、状況を考えれば、無理極まりないのである。

朴氏は、
また高宗が第一次日韓協約後も、日本の影響を排除して、独立を回復しようとして、アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領へ密書を送ることや、ハーグの万国平和会議へ密使を送るなど工作を続けたことと、反日ゲリラである義兵闘争が全国にひろまったことも、日本の韓国に対する直接統治に踏み切らせる大きな理由となった。
とのことである。

そして、1910年、日本は、日本軍をソウル全市に動員して、厳戒体制の中で、親日派のリーダーであった、李完用総理の協力を得て、日韓併合に関する条約の締結を強行した。

何故、日本がここまでにしたのか・・・
それは、日本の安全保障のためでもある。
ソ連の脅威である。

朴氏は、言う。
もし、日本が19世紀末期に、韓国に進出しなかったとしたら、どうなっていただろうか?韓国は中国の属国であり続けたか、ロシアの植民地となっていたことだろう。

毛沢東は「毛沢東選書」のなかで、朝鮮半島は中国の固有の領土であったが、帝国主義勢力によって奪われたと書いている。もし中国の属国であり続けたとしたら、今日でも、中華人民共和国と似たような水準にある可能性が高い。まだ腐り切った中国文化という甕のなかに、どっぷりと浸かっていたはずである。
とのことだ。

更に、続けて、
もしロシアの植民地となっていたら、ロシア革命後、人民共和国となり、今日の朝鮮民主主義人民共和国と同じような状態になっていたにちがいない。

どちらにしても、中国か、ロシアである。
そして、韓国は、自ら、決して独立などを、獲得する事は出来なかった。

朴氏は、
当時の韓国が日本、中国、ロシアのいずれかの支配下に置かれることが避けられなかったとしたら、この三つの国のなかで、日本がもっともよかったはずである。三カ国の軍隊や、官吏を比較してみればよい。

と、いうこで、イギリスの女性旅行家、ビショップ夫人の、日清戦争のもとの韓国と、満州を訪れた時のことが、記されたものを見る。

清国兵について
宣戦布告後は、状況がますます陰険となり、制海権を日本が掌握した結果、朝鮮へ出征する清兵はみな、満州を通過せざるをえなくなり、吉林をはじめとする北部諸市から募集された。規律を欠いた軍隊が、日に千人の割をもって奉天に流れ込んだ。その軍隊たるや左右民家の品物を手当たり次第に掠奪し、宿屋の亭主をブッ叩いたうえに無銭宿泊の乱暴、キリスト教礼拝堂を無暗に打ち壊すなど狼藉を働いた・・・

そして、日本軍の軍律については、
軍に規律があり、仕事に秩序があり、各人各々その目的を了解し、粛然として義務に服し、厳乎として警戒に任じ、いささかも居傲不遜の振る舞いがなく、まことに見上げた日本軍であった・・・
とのことである。

更に、スウェーデンのジャーナリストの、グレブストは、同時期にソウルに滞在して、日本軍に関して、
ソウルだけでも、現在数千の日本軍兵士が城内と郊外に駐屯していますが、彼らへの抗議はあったためしがありません。彼らの規律は他の範となるべきものです。
という、ドイツ領事の発言を記している。

中国には、軍隊と言うものが無いのである。
すべて、馬賊、匪賊で、規律など、そんなものを持ち合わせていない。

韓国が、中国兵に蹂躙されたら・・・
考えるだけでも、恐ろしいことだ。





posted by 天山 at 06:25| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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