2015年08月13日

玉砕57

戦地に追悼慰霊に出掛ける、そして、戦記を読む。
しかし、私は、実感として、戦争を感じられないのである。
肌で、感じ取ることが出来ないでいる。

想像力の不足なのであろう。

ただ、飢えるという感覚・・・
それについては、少しは、分る。

支援活動をしていて、ストリートチルドレンなどに、食べ物を渡す。
また、ストリートアダルトもいる。
飢えるということは、人間の理性も知性も、感性も、奪う。

食べているから、生きている。
飢えた状態で、果たして、まともに事を考えることが出来るだろうか。

貧しい国では、食べるために、女は、体まで売るのである。

戦死は名誉あることであった、らしい・・・
だが、餓死であれば・・・
名誉と言えるのか。

私は、この世は、地獄と心得ている。
戦地は、地獄の最たる現場である。
人間は、地獄に生きているという、私の考え方は、一つの救いになると、思う。

命の大切さを、伝えるとは、死ぬことを、伝えることと同じである。
死を伝えずして、生きることを、伝えられないのである。

ここで、こうして、私が戦記を引用して書いていることも、私が空腹ではないからだ。
そして、当事者ではない。
いい気なものである。

私は、私の軽薄さと、軽率さを、十分に感じている。

地獄の戦場を生き抜いて、生還した兵士の皆さんたちには、頭が上がらない。
そして、また、そこで、死ぬことになった、兵士の皆さんの霊位に対し奉り、心からの慰霊と、感謝を持つ。

時代の不可抗力に、生きなければならなかった人たち・・・
本当に、あはれ、である。
長い年月をかけて、日本人が、創り上げた、もののあはれ、という、心象風景を現す言葉、あはれ、というものを、つくづくと感じ入る。

小張軍医が、
「この川水は危ないから飲むな」
と伝えてきた。薬はマラリアの薬だけ。このうえ大腸炎患者が出てはたまらない。
今の私たちに満腹感を与えてくれるのは、川の水だけなのに、その水さえ十分に飲めなくなってしまった。といっても口は渇くし、喉はからからで、とうとうひいひい鳴り出した。水筒の中は、先ほどの川水を一ぱい入れてあるが飲めない。

伊藤大尉が水筒に口をつけたまま、ごくんごくん飲んでいる。
「伊藤さん、生水だろう、いかん」
「なーに、遅かれ早かれ野たれ死にだ」
もう痩せこけ、目ばかり大きい伊藤大尉の顔には、投げやりなところさえ見える。それにしても、野たれ死には禁句だ。皆が私たちの一言に神経をとがらせ、前途を気にしている時だ。野たれ死にを口にするようでは、彼も大分疲れているらしい。そこへ上村主計もきた。
「また現在地がわからなくなったじゃないか。俺はもうどうでもなれと思って、ピストルを時々ぶっ放して気を紛らせている」
と腰をおろした。彼の達磨そっくりだった顔も、すっかり頬が落ち、髭だけがぼうぼう残っている。マノクワリ出発の頃のような生き生きした色は、もう誰の顔にもない。食糧も一食で食い尽くせる程しか残っていない。このままでは、あと十日もすれば全員倒れてしまう。
「さっきの天幕の人たちのように、タレ流しで死ぬのを待つより、これでバンとひと思いに死んでやる」
上村主計は、何のこだわりもなしにそんなことを言った。ほんとうに彼ならそう割り切っているのだろう。私は両手を頭に、果たしてその時になって死ねるかな、誰かが知らないうちに殺してくれると一番いいんだが、と思った。
自分の命を絶つことが、そう簡単にできるはずがない。

ある時、私は敵の密偵を処分したことがあった。私には初めてのことで、いくら陣中でも冷静ではおれなかった。今まで生きてきた人間が、一つの物体に変ってしまう事実。私も同じように戦場にいるのだから、いずれは同じ姿になるのだろう。そしてその事実はただ時間の差だけだ。私はそれを思いながら、また悩みながらその一夜を過ごしたのだった。

それにしても、人の命も実にはかないものである。わずか一瞬のうちに消える。その際、「あ」とも「す」とも言う余裕がない。そのように死んでいくのも、またジャングルの底で野たれ死にするのも、皆いくさだと思わなければならない。

昨日からの小川に沿って今日もまた歩く。あるいはこの皮がヤカチ河に通じているかもしれないからだ。私たちは、ヤカチ河の位置さえ逃がしてしまった。まして今どこを歩いているのか、見当さえつかなくなっている。

その河に着くことが出来た。
だが、その河を渡る苦労・・・
一体、何のために、このようなことをしているのか・・・
その疑問に答えを探すより、食べ物を探すという。

第三者から眺めれば、ただ、無益なことに見える。
だが、この状況化におかれる、それが、戦争である。

「陸行隊は全滅だぞ、これじゃうどうせ野たれ死にだ」
そんなことがあってなるものか、と思うが、私の食糧も今日限りになってしまった。明日からは一粒の米もない。この窮状の中で、陸行隊長伊藤大尉の焦燥は日増しに激しくなっていた。
「全員野たれ死にだろう、覚悟をきめよう」
私の耳に口をよせて、「野たれ死に」を日に何度も心配している。彼の青白く痩せた顔が憔悴で一層目が落ち込んでいる。
「気が変になったのかな」
いやそうじゃない、こんな時は誰だって同じだ。

軍隊の綱領の中に、困苦欠乏に耐えよと教えている。だが今は、その困苦欠乏も通りすぎ、困苦皆無の状態である。全員の餓死はもう時間の問題である。
昭和18年の初め、マレー半島を東西に貫いて、タイからビルマへの泰緬鉄道がつくられた。それに当った部隊は、密林を切り開き、谷間をぬって大変な難事業を続けていた。そこへ配備の有線中隊も、そのジャングルの中に天幕を張り、半数以上がマラリアにかかっていた。それをみて慄然とした私は、南方総軍の折田参謀に、
「マラリア患者の熱が下がった者が、交代で作業に出ている」
と窮状を訴えたものだが、それにしてもあの部隊は、そこに鉄道の偉業を永遠に残した。しかし私たちには、一体何が残る。彼ら異常の苦難をなめている私たちだが、今は全人類から隔離されたまま、このジャングルの中に消えようとしている。誰にも知られずに死ぬことの淋しさ! 誰だって、こんなジャングルの底で餓死したくない。死ぬなら、せめて人のいる所で死にたい。

この絶望に自決する兵士もいる。









posted by 天山 at 06:54| 玉砕2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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