2015年08月07日

打倒・韓国14

15世紀後期から始まった、大航海時代以後の世界は、あらゆる面で世界に変化を与えた。
西洋文明が、東アジアに押し寄せたのである。

世界各地に形成されていた、独自の文明圏は、大航海時代以後、西洋文明と、近代西洋の価値体系に、強く影響された。また、侵食された。

そんな時代においても、ロシア、日本のように、自己改革を遂げつつ、近代的西洋価値体系を、受容する国もあった。

また、その侵食に抵抗したが、改革に失敗した、清や、トルコなどの国もある。

文化、文明だけではなく、国家の形態までも、変らざるを得なかった国も多い。
貴族を中心とする西洋の中世国家、封建的領主、民主的都市国家さえも、次第に衰退し、国民を中心とする、領域国家へと、変貌した。

この変化は、宗教改革、市民改革、産業改革という、社会的な変革に後押しされ、国民運動を通じて、多くの国を、近代国民国家へと、変貌させた。

19世紀末には、列強の地球分割は、ほぼ完了する。

エチオピア、タイという、少数を除いて、自己変革の出来なかった諸民族、諸国家は、植民地、あるいは、準植民地へと、転落する。

タスマニア人のように、この地上から消え去った民族もある。

長い間、東亜世界の、天朝朝貢秩序を主宰してきた、清帝国さえ、アヘン戦争以後は、老大国が、衰亡するという様を、世界にさらけ出した。

宗主国であった、清がこのようになれば、その属国であった、朝鮮は、いかばかりか。

さて、19世紀の国際法にあたる、万国公法では、国家という概念を、どのように見ていたのか。

万国公法における、近代西欧の国際秩序体制とは、大航海時代以後に、生まれた近代西欧国民国家によって作られた、世界秩序である。

そこでは、英、仏、オランダなどの西欧国民国家は、「自主の国」といわれる、主権国家であり、「文明国」である。

日本、ペルシャ、オスマントルコなどは、「半主の国」であり、「半文明国」である。それ以外の地方は、「未開の地」とみなした。

未開の地は、先住民族がいても、独自の国家体制があっても、「無主の地」とみなし、「先占の法理」により、「自主の国」が、自国領として、編入することを認めるというものであった。

「半主の国」中国の属国である、朝鮮は、当然、「無主の国」とみなされた。
世界中、どの国も、朝鮮を独立国家として、認めてはいなかったのである。

ところが、今の韓国人は、日本によって、独立、主権を奪われたという。
当時の感覚から言えば、無主の国であり、自主の国が、自国領として、編入されるべき地だったのである。

逆に、日本によって、守られたというのが、本当の言い方である。
要するに、歴史的事実を知らないということ。
無知なのである。

朝鮮は、「君主の国」「礼儀の国」と称されることを、誇りにしている。
つまり、それこそ、属国としての、誇りなのである。

それらの言葉は、宗主国である中国が、天朝冊封体制下の中で、臣属した国に対して、下賜する、誓詞であった。

中国では、上国、下国、宗主と属国の礼を忠実に守る国に対して、忠実な属国であるという、証しに、称号を与えたのである。

礼儀の国を、訳すと、韓国は中国の属国である、という意味になる。

執拗に抵抗した、ベトナムには、そのような称号はない。
中国からすれば、朝鮮そこが、最も忠実で、模範的な千年属国の、礼儀の国だった。

中華帝国の属国における、歴代の国王は、原則として、皇帝の臣下とみなされ、皇帝によって、任命される。
また、属国の王妃、太子の廃立に至るまで、権限をふるうことが出来た。

属国である、朝鮮王国を実質的に指揮、監督していたのは、天朝の北洋大臣や、直隷総督、あるいは、任命を受けた代理人である。
つまり、国王とは、形だけのものであり、決して主権国家の元首としての、役割はなかった。

だが、天朝に尽くした朝鮮だが、朝鮮の朝貢使節が、北京詣でをする際は、朝臣が出迎えの礼を受けるどころか、諸侯の礼さえも、受けられないという待遇である。
宿泊先も、迎賓館ではなく、百官と同じ、粗末な宿である。

朝鮮の属国の位置は、最も低く、下国のなかの、更に下国に扱いだった。
朝貢の席では、千官が赤色の礼服を着ていたのに、朝鮮の使臣だけは、黒色の丸首である。

更に、琉球の使臣が駕籠に乗って宮廷に入るが、朝鮮のそれは、駕籠に乗ることを、禁じられていた。
琉球以下の、扱いである。

韓国人は、統一新羅の時代から、事大主義であることを決め、属国に甘んじていたのである。

そして朝鮮は、「礼記」にある、「天子七廟、諸侯五廟」と規定を守り、天神を祀ることを避けて、五廟だけを、祀ってきたのである。

天神を祀ることが出来たのは、統一新羅から、千年あまり後である。
つまり、日清戦争により、日本が勝利し、朝鮮を解放し、その独立を得た、1896年である。

この時、朝鮮が、中国のくびきから解放され、国王の高宗が、大韓帝国の帝位に就いてからのことである。

韓国が、千年属国から開放され、主権国家となった象徴である。

つまり、日清戦争後の、下関条約により、朝鮮が、解放されたのである。
日本が戦った戦争により、朝鮮が、独立国家となった。
これが、歴史的事実である。





posted by 天山 at 06:47| 打倒・韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。