2015年07月03日

もののあわれについて759

あるじの院源氏「過ぐるよはひに添へては、酔ひ泣きこそとどめがたきわざなりけれ。衛門の督心とどめてほほえまるる、いと心恥づかしや。さりとも今しばしならむ。さかさままにゆかぬ年月よ。老いはえのがれぬわざなり」とて、うち見やり給ふに、人よりけにまめだち屈じて、まことにここちもいと悩ましければ、いみじきことも目もとまらぬここちする人をしも、さしわきて空酔ひをしつつかく宣ふ。たはぶれのやうなれど、いとど胸つぶれて、さかづきのめぐり来るもかしらいたく覚ゆれば、けしきばかりにて紛らはすを、御覧じとがめて、持たせながらたびたびしひ給へば、はしたなくて、もてわづらふさま、なべての人に似ずをかし。




あるじの院、源氏は、取る年とともに、酔いに誘われる涙は、止めることが出来ない。衛門の督が、気にして笑っているのは、何とも恥ずかしくなる。だが、もう暫くのことだろう。さかさまに進まない年月。年を取るのは、逃げられないものだ。と、視線を向けるので、柏木は、人より、一段と生真面目に、塞ぎこんで、本当に気分も悪く、面白いことも、目に入らない気がする、その人を捕まえて、名指しで、酔ったふりをしつつ、このようにおっしゃる。冗談のようであるが、益々、胸に堪えて、杯が回ってきても、頭痛を感じて、素振りだけで誤魔化すのを、源氏が、見咎めになり、杯を持たせたまま、何度も何度も、無理に勧めるので、いたたまれない思いで、困りきる様子。誰にも比べられないほど、美しい

最後は、作者の言葉。




ここちかき乱りて、耐へがたければ、まだ事もはてぬに、まかで給ひぬるままに、いといたくまどひて、例のいとおどろおどろしき酔ひにもあらぬを、いかなればかかるならむ、つつましと物を思ひつるに、気ののぼりぬるにや、いとさ言ふばかり、おくすべき心よわさとは覚えぬを、いふかひなくもありけるかな、と、みづから思ひ知らる。




気分が悪く、我慢出来ないので、まだ、宴も終わらないうちに、退出されたが、そのまま、すっかり苦しくなって、いつものように、酷く酔ったのでもないのに、どういう訳で、このようになるのか。きまりの悪い思いをしたから、気が上ったのか、そんなことを言うほど、気後れするような、気の弱さとも思わないが、いくじのないことだ、と、自分のことが分る。




しばしの酔ひのまどひにもあらざりけり。やがていといたくわづらひ給ふ。おとど、母北の方おぼしさわぎて、「よそよそにていとおぼつかなし」とて、殿にわたし奉り給ふを、女宮の思したるさま、またいと心苦し。




暫しの間で治るような、酔いの苦しみではなかった。そのまま、酷い病気になった。
父の大臣、母の北の方、どなたも、驚き、離れていては、気になってたまらない。と邸に連れて行くのを、女宮が、辛く思うのも、これは、これで気の毒です。




事なくて過ぐすべき日は、心のどこかにあひなだのみして、いとしもあらぬ御心ざしなれど、今はと別れ奉るべき門出にやと思ふは、あはれに悲しく、おくれて思し嘆かむ事のかたじけなさを、いみじと思ふ。母御息所も、いといみじく嘆き給ひて、「世の事として、親をばなほさるものにおき奉りて、かかる御なからひは、とある折りもかかる折りも、離れ給はぬこそ例のことなれ。かく引き別れて、たひらかにものし給ふまでも過ぐし給はむが心づくしなるべき事を、しばしここにてかくこころみ給へ」と、御かたはらに御几帳ばかりをへだてて見奉り給ふ。柏木「ことわりや。かずならぬ身にて、及びがたき御中らひに、なまじに許され奉りてさぶらふしるしには、ながく世に侍りて、かひなき身のほども少し人と等しくなるげぢめをもや御覧ぜらるるとこそ思う給へつれ。いといみじく、かくさへなり侍れば、深き心ざしをだに御覧じはてられずやなり侍りなむと思う給ふるになむ、とまりがたきここちにも、えゆきやるまじく思ひ給へらるる」など、かたみに泣き給ひて、とみにもえ渡り給はねば、また母北の方、うしろめたく思して、「などか、まづ見えむとは思ひ給ふまじき。われは、ここちも少し例ならず心ぼそきときは、あまたの中にまづとりわきて、ゆかしくもたのもしくもこそおぼえ給へ。かくいとおぼつかなきこと」と恨み聞え給ふも、またいとことわりなり。




特別のことなくて、送れるはずの月日は、のんびりと、いずれ仲良くする日もあろうと、特に深い愛情を持っていたのではないが、今を最後と、お別れ申す、門出ではないのかと、思うと、あはれに悲しく、後に残り、嘆くことが、勿体無く、酷いことだと思う。
母の御息所も、大変嘆いて、世間の慣わしでは、親は親として立てておき、夫婦仲は、どんな時でも、離れないのが、決まりです。こんな別れになって、治るまで、あちらにいらっしゃるというのは、気になってたまりません。もう暫く、ここで、このまま、様子を見てください。と、すぐに、お傍に御几帳だけを置いて、看病される。
柏木は、ごもっともです。人並みではない私には、及びもつかない結婚をさせていただきました。その甲斐に、せめて、長生きをしまして、お話にならない、身分も少しは、皆と同じになるところを、見ていただけると思っておりました。驚いたことに、こんなになりましたので、愛情の深ささえも、見ていただけず、終わりはしないかと、存じますので、生きながらえそうにもないと思いつつ、とても、あの世へ行くことも出来ない気がします。などと、お互いに泣いて、急には、二条の邸に、移れないので、今度は、母の北の方が、気が気ではなく思い、どうして、すぐに顔を見せようと思わないのですか。私は、気分が不安なときは、多くの子の中でも、すぐに第一に、あなたに逢いたいと思い、頼もしくも思いますのに。気になってたまらない、と、恨み言をおっしゃるのも、これもまた、無理の無いことである。

柏木は、女二の宮との、結婚を、身分に不釣合いなものだと、言う。
妻が、女宮であり、自分は、臣下だからである。

何とも、面倒な場面である。
柏木は、女二の宮との、別離を考えているのだ。


posted by 天山 at 06:33| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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