2015年06月11日

玉砕35

ガダルカナル島の米軍の状況は、日本軍が、持てるだけの力を出してしまったことを、知らない。
それが、大反攻の前触れと感じた。

日本陸軍が、一個師団をもって、地上から総攻撃を期していた以上は、確かに、米軍の推理に間違いがなかった。

南太平洋海域司令官ロバート・ゴームリー中将は、西南太平洋方面司令官ダグラス・マッカーサー陸軍大将に対して、協力を求め、ラバウル及び北部ソロモンの日本軍航空基地を空襲して、その空軍力を弱めて欲しいと、要請した。

その日の深夜、第八艦隊長官三川中将が、直率する重巡島海以下の、外南洋部隊所属の艦艇が、陸軍の高速船団を間接支援しつつ、ガ島に接近し、ルンガ沖に突入して、800発に近い砲弾を、飛行場に撃ち込んでいる。

また、陸軍も、新しく編制されたばかりの通称「住吉兵団」が、海軍の艦砲射撃に呼応して、13日夜以降、擾乱射撃の目的をもって、間歇的に放った十五榴弾が、いずれかの米軍陣地に落下した。

ゴームリー中将は、音を上げて、
現在のような敵の強力な圧力が今後も続くとするなら、ガダルカナルを持ちこたえることができるかどうかわからない
という意味の報告を、太平洋部隊総指揮官チェスター・ミニッツ大将にするのである。

ガ島の戦局の報告を受けた、ミニッツ大将は、
現在、われわれはガダルカナル島戦において明らかに苦境に立っている。周辺海域の支配は完全とはいえなくなり、地上部隊に対する補給は大きな犠牲をともなうことを覚悟する必要がある。
との懸念である。

だが、ソロモン方面の前途を打開する手段として、ゴームリー中将を更迭するという、手段に踏み切った。

再度、日本軍である。
10月に一挙挽回を目指した、大本営である。

丸山中将率いる、第二師団、そして、佐野中将率いる、第三十八師団を、第十七軍司令官、百武仲将の指揮下に入れることにした、大本営陸軍部は、
ガ島は、第二師団主力と他部隊の足並みがそろったところで、10月に一挙に挽回を期す。
という、命令を発した。

ただこの時点では、第三十八師団は、ガ島投入は、考えていない。東部ニューギニア戦線に充当するつもりだった。

師団単位の兵力を輸送するとなると、これまで以上に、海軍の協力が必要になる。
それゆえ、輸送船団を組み、10月11日頃に、一挙に輸送を敢行するという、手段である。

この方法以外に、10月半ばの総攻撃は、不可能という、結論に達していた。

10月3日、丸山師団は、ガ島タサファロングに上陸した。
そして、マララという川の上流に進み、そこを戦闘指令所開設地とした。
そこへ、夜襲に失敗した、川口支隊長からの、報告が届いた。

その内容は、
現在までガ島に上陸したわが方の全兵力は、約9000名、そのうち戦病死その他約2000、健在の者約5000名であるが、その戦力の回復には相当の日時を要し、攻撃力としては期待できない。
というものである。

すでに、マラリアなどの病気と、絶食状態が続いていたのである。
大半の者が、戦うだけの体力を、なくしていたのだ。

それは、他の連隊、大隊も、そうだった。

悲劇は、すでに始まっていたのである。

丸山中将は、強気だった。が・・・
ボネギ川から、後方に退いた川口支隊と交替して、マタニカウ川の右岸を占領し、飛行場制圧射撃部隊、及び主力砲兵の展開の掩護を命じられた、那須部隊が動く。

この那須部隊の、マタニカウ川岸進出により、敵との予想外の衝突が起きる。
それは、まだ、師団のすべてが上陸追及していないうちである。
本格的な戦闘を迎えることは、
攻撃開始の時機は別命す
という、軍命であった。丸山師団長としても、本意ではなかった。

結果は、第四連隊は、大打撃を受け、第一大隊などは、壊滅的痛手を受けたのである。

この、マタニカウ川の戦闘は、ごく短い期間で、勝敗が決した。
米軍の、凄まじい火力を、身に沁みて感じた。
戦った将兵は、ほとんど絶望的な、精神的打撃を受けたのである。

結局、軍は、丸山師団長が、一個連隊をもって、マタニカウ川の東岸部隊を、増強交替させようとして、敵の猛烈な砲爆撃と、地上攻勢を受けて果たせず、後退のやむなきに至ったことを、認めざるを得ない状況になった。

軍司令部が受けた衝撃は、大きかった。
それ以上に大きなかったのは、ガ島にある兵力の深刻な、疲弊である。
食糧が欠乏し、一線部隊は、飢餓状態である。

だが、一旦、動き始めた作戦計画の、歯止めを止めることは出来なかった。

この、ガダルカナルの戦いは、仔細に研究されている。
だが、ここでは、多く省略する。

第二師団による、総攻撃の失敗が、確定的となった10月26日未明から、夜にかけて、海上では、日米の機動部隊が、再度衝突していた。

サンタクルーズ諸島北方海域に進出してきていた、エンタープライズとホーネットの、二つの空母を中心とする、米機動部隊に、地上戦闘を支援する任務を帯びて南下した、空母翔鶴、瑞鶴の機動部隊が、衝突した結果である。

さて、万策尽きた丸山師団は、軍戦闘指令所に、その旨を報告した。
これを受けた、百武軍司令官は、攻撃中止命令を出した。

同時に、大本営に対して、第三十八団を上陸させ、再度の総攻撃を試みる旨、報告したのである。
止める気配はなかった。




posted by 天山 at 06:06| 玉砕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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