2015年05月26日

もののあわれについて747

かく悩み給ふと聞し召してぞ渡り給ふ。
女君はあつくむつかしとて、御髪すまして、少しさわやかにもてなし給へり。臥しながらうちやり給へりしかば、とみにもかはかねど、つゆばかりうちふくみ迷ふ筋もなくて、いと清らにゆらゆらとして、青みおとろへ給へるしも、色はさをに白くうつくしげに、すきたるやうに見ゆる御はだつきなど、世になくらうたげなり。もぬけたる虫のからなどのやうに、まだいとただよはしげにおはす。




とても、苦しんでいると、お聞きあそばして、お越しあそばす。
女君、紫の上は、暑苦しいということで、髪を洗い、やや清々しくした様子でいらした。横になったまま、髪を投げ出して、すぐには乾かないが、一本も、くせ髪、乱れ髪もなく、たいそうさっぱりとして、たっぷりとあり、青みを帯びて痩せていらっしゃるが、顔色は、澄んで、白く可愛らしく見えて、透き通るほどに見えるお肌つきなどは、またとないほど、美しい。虫の抜け殻などのように、まだ酷く、ふらふらしている感じでいらっしゃる。




年ごろ住み給はで、すこし荒れたりつる院のうち、たとしへなくせばげにさへ見ゆ。きのふけふかくものおぼえ給ふひまにて、心ことにつくろはれたる遣水前栽の、うちつけにここちよげなるを見いだし給ひても、あはれに今までへにけるを思ほす。




長年住まわず、少し荒れた二条の院の中は、喩えようもなく、狭苦しくさえ感じられる。ここ、一両日、このように意識がある時で、特別に気をつけ、手を入れた遣水や、前栽が、急に、さわやかに感じられるのに、視線を走らせると、よくもまあ、今まで、生きてきたと、思われるのである。




池はいと涼しげにて、蓮の花の咲きわたれるに、葉はいと青やかにて、露きらきらと玉のやうに見えわたるを、源氏「かれ見給へ。おのれひとりも涼しげなるかな」と宣ふに、起き上がりて見いだし給へるも、いとめづらしければ、源氏「かくて見奉るこそ夢のここちすれば、いみじく、わが身さへ限りとおぼゆる折々のありしはや」と、涙を浮けて宣へば、みづからもあはれに思して、

紫の上
消えとまる ほどやはふべき たまさかに 蓮のつゆの かかるばかりを

と宣ふ。
源氏
契りおかむ この世ならでも はちす葉に 玉いる露の 心へだつな




池は、大変涼しそうで、蓮の花が一面に咲き誇り、葉は青々として、露は、きらきらと玉のように一面に見える。源氏は、あれを御覧。自分一人涼しそうにしている、とおっしゃるので、体を起こして、外を御覧になるのも、大変嬉しそうで、源氏は、このようなあなたを見るのは、夢のような気がする。とても酷く、自分までも、お終いだと思われたときが、何度もあったのだ、と、涙を浮かべて、おっしゃるので、ご自身も胸が痛むのである。

紫の上
あの露が、消えずに残っている間だけでも、生きられますでしょうか。たまたま蓮の葉に、露が頼るだけの命です。

と、おっしゃる。

源氏
約束しておこう。この世ばかりでなく、あの世でも、蓮の葉に、玉となっている、露のように、少しも心を隔てるな。




いで給ふかたざまはものうけれど、うちにも院にも聞しめさむ所あり。なやみ給ふと聞きても程へぬるを、目に近きに心をまどはしつる程、見奉ることもをさをさなかりつるに、かかる雲間にさへやは絶えこもらむ、と思し立ちて、わたり給ひぬ。




お出掛けされる先は、気が進まないが、主上や朱雀院が、お耳にあそばすこともあり、女三の宮が、ご病気だと聞いてからも、随分になったのに、すぐ傍の人のことを心配していた間、お会いに出ることも、いっこうになかったので、このように、晴れ間にまで、引き籠っていいだろうかと思い立ち、六条の院に、起こしになった。





宮は、御心の鬼に、見え奉らむも恥づかしうつつましく思すに、ものなど聞え給ふ御いらへも聞え給はねば、日ごろのつもりを、さすがにさりげなくてつらしと思しけると心苦しければ、とかくこしらへ聞え給ふ。おとなびたる人召して、御ここちのさまなど問ひ給ふ、女房「例のさまならぬ御ここちになむ」と、わづらひ給ふ御ありさまを聞ゆ。源氏「あやしく、程へてめづらしき御事にも」とばかり宣ひて、御心のうちには、年ごろへぬる人々だにもさることなきを、不定なる御事にもやと思せば、ことにともかくも宣ひあへしらひ給はで、ただうち悩み給へるさまの、いとらうたげなるを、あはれと見奉り給ふ。




女三の宮は、良心に咎められて、お目にかかるのも、恥ずかしく、引っ込み思案になり、源氏が、何かと申し上げる、そのご返事も申し上げないで、何日も逢わずにいたことを、そうだとは、言わないが、情けがないと思っていられるのだと、気の毒なので、何かと、慰めの言葉を申し上げる。年の取ったに女房を呼び出し、お体のご様子などを、お尋ねになると、女房は、普通ではないお体でございます。と、お苦しみになっているご様子を、申し上げる。源氏は、変だな。結婚後随分と経っているから、珍しいことだ。と、おっしゃり、お心の中では、長年連れ添っている人々でも、そう言うことはないのに、当てにならないことでは、ないかと思うので、特に、あれこれとおっしゃらず、お相手されずに、ただご病気の様子が、大変、可愛らしいのを、気の毒に思われる。





posted by 天山 at 05:38| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。