2015年03月16日

玉砕12

天皇陛下の怒りを招いた、軍部、つまり、陸軍である。
しかし、その後も、エリート意識からか、その傲慢さは、消えないのである。

時の後継内閣首班の大命を受けた、広田弘毅外相は、陸相に寺内寿一大将を当てようとしたが、寺内は、
広田氏の時局認識に、軍部は疑念を抱いている。
と、拒絶。

広田は、自由主義傾向が強く、入閣予定者の面々にも、軍の好まぬ人物が数名いることへの、あてつけだった。

広田の譲歩と、予定者の入れ替えで、ようやく内閣は成立した。
天皇は、異例の勅語を、寺内陸相に与えた。
それは、つまり、軍部の専横を強く戒めたものである。
だが、寺内は、それを握り潰して、軍首脳部には、知らせなかった。

ここでも、いかに、軍部が天皇の御心と、乖離があったかということだ。
要するに、武器を扱う権力というものが、いかに、絶大かということ。

軍を統制することが、最も大事なことだと、気づく。

さて、その寺内に、昭和12年1月の衆議院で、代表質問に立った、政友会の議員、浜田国松が、
明治大帝の軍人勅語には、軍人は政治に係わらず・・・とあるが、最近の軍の行動には、目に余るものがある。政治運動をするなら、軍服を脱ぎ、サーベルを捨ててやるべきである。内閣も、軍を正すにこそ、全力を注ぐべきである。
と、質問したのである。

これは、当時としては、大変勇気のあることである。

そのやり取りは、省略するが・・・
議場から割れるような拍手があったが、陸軍は、一歩も引かず、浜田を除名するか、議会を解散するかせよ。さもなくば、陸相を辞職すると、脅した。

だが、議会も、政友会も、屈しない。
陸相は、辞職した。

更に、軍部は、後任も送らないということで、広田内閣は、総辞職したのである。

陸相は、軍部から登用するという規則だった。

次ぎの首相には、宇垣一成である。
退役の陸軍大将だったが、かつて陸相時代に、軍縮に応じて、四個師団を削除したため、軍部の反感を買っていた。
そのため、軍部は、またも、陸相を送らないと、拒否を続けた。

戦前は、文官が陸海軍の大臣になる資格なく、軍人の大将、中将に限られていた。
その少し前に、法改正をして、現役者に限ることにしていたのである。
それまでは、退役の者でもよかった。

陸軍大臣の任命、選考権は、完全に軍の手の中にある。
軍が大臣を送らなければ、組閣は無理である。

唯一の道は、天皇の御力を借りることである。

宇垣は、
陛下のお口から、陸軍大臣を出すように、おっしゃっていただきたい。
と、湯浅倉平内大臣に懇願した。

陸軍が大命を阻止するのは、天皇大権の反抗であるが、そこまでしては、天皇と軍の溝が深まると、湯浅の婉曲な断りに、宇垣は、
陛下の陸軍によって阻止せられることは、痛恨の極みであります。
と、上奏文にしたため、無念さをふるわせて、大命を拝辞した。

矢張り、軍部というものに、問題があった。
それが、敗戦にまで続く、闇である。

そして、中々、決まらない内閣である。
そこで、登場したのが、近衛文麿公爵である。

近衛は、2・26事件の直後に大命を受けたが、健康を理由に、辞退していた。

国民は、近衛に期待した。

近衛家は、連綿として、続いた直系である。
摂政、関白につく資格を持つ、五摂家の筆頭で、臣下最高の家柄を誇る。
皇室との血縁も、深い。

近衛は、46歳、長身で貴公子然として、国民に人気があった。
ここでも、国民の支持である。
国民の支持を母胎にして、何事も、行われる。つまり、民主的である。

昭和12年6月、近衛内閣が成立した。

近衛ならば、軍部の専横も抑えることが出来るという、希望である。
一部国民も、天皇の御心に叶わぬ、軍部に対しての失望もあったといえる。

だが、その近衛首相が、貪欲な軍部の中国進出に対して、引きずられることになる。

幻想は、ひと月も持たなかったのである。

アメリカとの戦争・・・
それは、避けられない、用意周到な作戦が立てられていたが・・・
その戦争の罠に嵌るというのは、矢張り、軍部のあり方だった。

更に、戦争が始まり、人命軽視の思想は、軍部の思想である。
そして、最も、悲劇なことは、軍部は、天皇の存在を、有効に生かして、兵士を洗脳したことである。

それもこれも、天皇は解っていて、すべての責任を負われる覚悟で、マッカーサーと対面した。
マッカーサーの言葉の中に、
天皇の責任といえぬものに対しても、責任を負うという・・・
という天皇に、感激した話がある。

つまり、天皇は、軍部も日本人である。
日本と日本人の、責任は、歴代天皇が、負ってきたものであるという、大御心である。
これを、現在の日本人は、忘れているようだ。

天皇は、国体であらせられる。
そして、国体とは、国民のことである。

天皇に逆らう者も、天皇からは、我が身のものなのである。
矢張り、世界に二人といない、存在と言わねばならないのである。

天皇の、別名は、御一人である。
ごいちにん、と読む。



posted by 天山 at 05:54| 玉砕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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