2015年03月12日

玉砕9

当時、陸軍、右翼系の考え方の他にも、新米英派の人たちの、考え方もあった。

知識人、官僚、企業家、更に、宮中関係者などの中に、陸軍の膨張政策に反対するものである。
満州事変も批判された。更に、満州から、手を引くべきだと言う、考え方もあった。

しかし、それらは、徹底的に批判され、軍部の言い分が、世の中に通った。

日本の国策は、陸軍の指導部により、動き始めたといってよい。
そこから、昭和10年代に至る、大東亜共栄圏という、考え方が出来上がる。

これは、良し悪しを言うのではない。
当時の、状況である。

満州国への出稼ぎ、開拓移民なども、増えている。
つまり、軍部の力が強く、国民にも、それが支持されたのである。

経済が立ち直ってくると、更に、軍部のあり方に、肯定的な意見が多くなる。
それは、満州事変のせいで、経済が活性化したのだという、思いである。

何事も、国民の支持を受けなければ、事は動かないという、良い例である。
現在の政治も、選挙によるもの。
政治を担当する政党が、国民の支持を受ける。それが、民意とされる。
民主主義である。

陸軍指導部の人たちは、日本が、高度な国防国家になるべきだと、考えた。
それも、当然である。
世界は、欧米に屈しているのである。
特に、アジアは、大半が、その植民地である。

実に、不公平な世界情勢であるということだ。

実際、大航海時代にまで、遡り、その有様を見つめなければならない。
有宿人種は、白人のために、存在するのではない。

これについては、別エッセイ、国を愛して何が悪い、に書き付けているので、省略する。

さて、その力を持つ陸軍の中にも、派閥が存在した。
一つは、統制派であり、もう一つは、皇道派である。
統制派は、陸軍が政権を握り、陸軍の考え方を実行するという派閥。
そして、皇道派は、その名の通り、世界に比類なき天皇を戴いた国、日本であるから、天皇の直接統治、親政政治を求めていた。

ここで、当時は、内閣の陸軍大臣が、陸軍の中から、選ばれるということを、知るべきだ。
陸軍の意志を政治に反映させるという存在である。

そして、陸軍内部の人事権を持っていたのが、統制派である。
昭和10年に、皇道派の、真崎甚三郎、教育総監が、罷免された。

それが、統制派の、軍務長、永田鉄山の差しがねと怒った、青年将校の一人、相沢三郎が、日本刀を抜き、軍務局長室に入り、永田を斬り捨てた。

これが、統制派と皇道派の、対立のピークに達した事件である。

陸軍内部では、互いの派閥が憎悪で、高まる。

それから、あの有名な2,26事件へと、続く。

その顛末を書く。
2月16日は、吹き荒れた前夜の大雪が、降り積もり、未明になって、止んだ。
その雪明りの中で、積雪を蹴って、日本史上、空前のクーデターが、決行された。

青年将校の多くは、第一師団所属であり、軍上層部は、彼らの暴発を防ぐため、昭和11年4月、第一師団を満州へ移転させるという、師団ぐるみの島流しを発令した。
土壇場に追い詰められた将校たちは、移転前に決起しようと企てる。

野中四郎大尉、栗原安秀中尉らの首謀者は、数日前から、26日を決行日に決めていた。
午前三時、同士将校たちの配属する、数個中隊に、それぞれ非常呼集がかけられ、兵士たちは、完全軍装を整える間も慌しく、営庭に整列した。

彼らの大半は、入営して一ヶ月あまりの、農村出の新兵で、冷害と疲弊、搾取の痛苦を身をもって知っていた。
中隊長の説く、昭和維新断行論に、心から共鳴していたのである。

これより、夜間演習を行なう。
靖国神社に参拝する。
などと、部隊ごとに、営舎を出発した。

そして、途中で、真の目的を申し渡されると、逡巡する者なく、士気天を突く勢いである。

動員数は、1400数名に達した。
目指すは、岡田啓介首相、斉藤実内大臣、鈴木貫太郎侍従長、高橋是清大蔵大臣、湯が原温泉で、休息している、牧野伸顕前内大臣、警視庁と、更に第二次として渡辺錠太郎教育総監、そして朝日新聞である。

午後五時を合図に、各所に一斉突入して、機関銃、拳銃を乱射し、軍刀を揮い、斉藤、高橋、渡辺は、即死した。
岡田首相も即死と発表されたが、風呂場に隠れ、更に、女中部屋に隠れて、救出された。
鈴木侍従長は、重傷である。
牧野は、旅館の裏山に逃げた。

おおよその、状況である。
2,26事件の顛末である。

だが・・・
これが、天皇陛下の逆鱗に触れる。

天皇絶対論を唱え、天皇の軍隊を勝手に動かし、腹心の重臣たちを殺戮するとは、不埒極まる。
その天皇の激昂は、最後まで、周囲を震撼させたのである。

ここで、解ることだが、天皇陛下を絶対視するとか、天皇の権威を最大限に生かすとか・・・
そういうことを、昭和天皇は、実に嫌ったということである。

更に、通常の君主は、我が身の権力の絶対化を推進するが・・・
天皇陛下におかれては、逆に、その力を削ぐような考え方であったということだ。

このような、君主は、世界に二人といないのである。




posted by 天山 at 06:30| 玉砕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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