2015年03月09日

玉砕7

昭和6年の終わりから、昭和7年の一月にかけて、関東軍は、満州全域を制圧した。

ところで、満州国の建設が、植民地だというならば、それ以前に、西欧列強の植民地であったことだ。
それゆえに、中国は全国統一など出来ない状態である。

しかし、現在言われるのは、単に、日本が植民地支配をしたという、一点である。

当時の、陸軍は、満州、蒙古を日本の領土として、五族協和、つまり、漢民族、蒙古、朝鮮、日本、満州人の、国家を作ろうとしていた。

少なくとも、王道楽土の国家にするという、意欲があった。
それでは、当時の中国の、様々な、軍、それは、すべて匪賊の集団であるが・・・
どんな国を目指したのか。そして、それは、中国人が、求めていたことか。

全く、規律の無い、匪賊の集団である。
そして、略奪、強盗は、当たり前の集団である。

単に、日本が植民地にしたという、理屈では、解せないものがある。

ただし、当時の日本政府、若槻礼次郎内閣は、この事変を、局地的な段階にとどめ、満州一帯に広げることに、反対した。
しかし、陸軍の指導者たちは、関東軍を増派して、徹底的に奉天政府を叩けというものだった。

そして、国民は、その軍部を支持し、賞賛したのである。

陸軍大臣の南治郎も、陸軍の考え方であり、昭和6年12月、若槻内閣は、閣内不一致で、辞職する。

新しい内閣は、立憲政友党の総裁犬飼毅が、首相に就いた。
蔵相は、高橋是清が就き、即座に、金輸出再禁止を行なう。更に、国内の不況を乗り切るために、幾つかの政策を実施する。

そのお陰か、国民の生活も徐々に落ち着いたものになるのだ。

だが、時代は、いつも騒乱、激動である。
昭和7年にテロが起こる。

それは、陸軍主体の政権と、満州蒙古政策の、追認を目指したものだった。

その二月に、金解禁政策を採用した、井上準之助元蔵相が、襲われた。
三月には、三井財閥の番頭、団琢磨が、財閥が金解禁と、再輸出の政策転換で、ドルを売り買いして、莫大な利益を得たとして、テロリストに暗殺される。

血盟団と称された、テロ集団・・・
決行者は、井上日召の下に集った、茨城県の農村青年たちで、一人一殺、という考えに共鳴していたのである。
当時のエリート、東京帝大生なども、加わっていた。
更に、世の中が、テロ容認の風潮である。

歴史を俯瞰すれば、必ず、世の中という漠然とした、空気があることに、気づく。
何事も、一人勝手にすることが、出来ないのである。

国民、庶民という存在を無視しては、理解出来ないのである。
戦争に対する思いも、結局は、国民感情に行き着く。

国民の心をつかむもの、それが、国の主体となる。
その良い例が、天皇陛下の存在である。
時々に、その事態に関しての、昭和天皇の考え方を、付け添えて行く。

五月、井上と親しい海軍の仕官が、陸軍士官学校の生徒を誘い、更に、茨城県水戸市にあった、農本主義団体に加わる、農村青年たちが、テロ活動を起こした。
5・1事件である。

首相官邸を襲い、犬飼首相を暗殺。

テロリストたちは、政党政治に対する、苛立ちがあり、議会政治に、とどめを刺そうとした。

陸軍内部にあり、強力に国家改造を進める将校、民間の右翼活動家の、北一輝、大川周明などは、天皇が常に、陸軍の軍事活動に不安を漏らしているとの噂を信じて、その側近が、曲がった情報を天皇に伝えていると、考えた。

では、彼らは、どういう政治を求めたか・・・
それは、天皇の政治、天皇親政を求めたのである。

この感情を理解しなければ、解らないことが多い。

天皇が、表に出て、直接指示して欲しいと願ったのである。
何故か・・・
天皇は、国民の気持ち、声を聞かれる、御方だと、信じたのである。
勿論、天皇は、いつも国民の側にあり、お言葉を述べられる存在である。

だが、昭和天皇は、この事件の後に、非常の決意を持って、内外の収拾をはかり、鈴木侍従長を、西園寺公の邸に遣わして、後継首相の人選につき、異例の内意を伝えさせた。

当時、西園寺が、元老として、後継首班を奏請する慣例があった。

昭和天皇の意向である。
首相は人格の立派なるを要す。
政治の幣を改善し、陸海軍の軍紀を振粛するは、一に首相の人格如何に依る。
ファッショに近きものは絶対に不可なり。
憲法は擁護せざるべからず。然らざれば明治天皇に相済まぬ。
外交は国際平和を基礎とし、国際関係の円滑に努むるべし。

更に、陸軍に対するお言葉も、あった。

いかに、昭和天皇が、バランスの取れた、人柄が解るというもの。
そして、優れた、政治的感覚を持たれていたのである。

だが、軍は、益々暴慢を募らせた。
更には、天皇に対しても、陸軍の一部の者が、
今の陛下は凡庸で困る
と、言うのである。
つまり、陸軍の考えを受け付けないということだ。

侵略に反対する天皇を、凡庸だと、言うのである。
これが、後々に、人命軽視の思想となる。
それが、玉砕である。



posted by 天山 at 06:17| 玉砕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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