2015年02月16日

もののあわれについて724

かんの君も、かくたのもしげなき御さまを、近く聞え給ふには、「さやうなる世の中を見ましかば、こなたかなたいかに思し見給はまし」など、なまをかしくもあはれにも思しいでけり。そのかみも、気近く見聞えむとは思ひよらざりきかし、ただ情々しう、心深きさまに宣ひわたりしを、あへなくあはつけきやうにや聞きおとし給ひけむ、といと恥づかしく年頃も思しわたる事なれば、かかるあたりにて聞き給はむ事も、心づかひせらるべく、など思す。




かんの君、真木柱の継母である、玉葛も、このように頼りに出来ない様子を、身近に聞くので、もし、そんな結婚をしたなら、源氏も、太政大臣も、どんな思いになるのか、御覧になるのかと、すこしおかしくも、また苦しくも感じつつ、昔を思い出した。
あの当時も、結婚する気は、毛頭無かった。ただ、情をこめて熱心になっていたのに、張り合いのない、軽はずみな女だと、軽蔑されたことだと、とても、恥ずかしく、あれから思い続けていらしたことなので、ああした所で、お耳にされることがあれば、気になってたまらないと、思うのである。




これよりも、さるべきことはあつかひ聞え給ふ。せうとの君たちなどして、かかる御気色も知らず顔に、にくからず聞えまつはしなどするに、心苦しくて、もて離れたる御心はなきに、大北の方といふさがな者ぞ、常にゆるしなく怨じ聞え給ふ。大北の方「親王達は、のどかに二心なくて見給はむをだにこそ、はなやかならぬ慰めには思ふべけれ」とむつかり給ふを、宮ももり聞き給ひては、蛍宮「いと聞きならはぬ事かな。昔いとあはれと思ひし人をおきても、なほはかなき心のすさびは絶えざりしかど、かう厳しきもの怨じは、ことになかりしものを、心づきなく」いとど昔を恋ひ聞え給ひつつ、故里にうち眺めがちにのみおはします。さ言ひつつも、二年ばかりになりぬれば、かかる方に目なれて、たださる方の御中にて過ぐし給ふ。




こちらからも、して良いことは、して差し上げる。真木柱の兄弟の若様方などを、こうした夫婦の仲も知らないふりをして、如才なく、お話し相手に伺わせたり、玉葛はされるのである。宮は、気がとがめ、真木柱を捨てる気はないのだが、祖母の北の方という意地の悪い者が、いつも、何の容赦なく、悪口を言う。
祖母は、親王方は、安心なほど浮気はせず、愛してくださるなら、華やかさがない代わりとは、思えるものを、と、ぶつぶつおっしゃるのを、宮も漏れ聞いて、全く、変な話を聞くものだ。昔、あんなに愛している方がいても、矢張り、少しの浮気はやめはしなかったが、こんな厳しい恨み言は、別に聞くこともなかったのに、嫌なことだ。と、いよいよ、亡くなった方を、思い出され、ご自分の部屋でも、思いに耽る様子である。そういいつつ、二年ほどになり、こうしたことにも慣れて、ただ、こういう夫婦として、過ごしていられる。




はかなくて年月もかさなりて、内の帝御位につかせ給ひて十八年にならせられ給ひぬ。次の君とならせ給ふべき御子おはしまさず、物のはえなきに、冷泉「世の中はかなく覚ゆるを、心安く、思ふ人々に対面し、わたくしざまに心をやりて、のどかに過ぎまほしくなむ」と、年ごろ思し宣はせつるを、日頃いと重く悩ませ給ふ事ありて、にはかにおりいさせ給ひぬ。世の人、あかず盛りの御世を、かくのがれ給ふこと、と惜しみ嘆けど、東宮もおとなびさせ給ひにたれば、うちつぎて、世の中の政など、ことに変はるけぢめもなかりけり。




何事もなく、年月は過ぎて行く。今上天皇が即位されてから、十八年になられた。後を継ぐ御子がいらっしゃらず、つまらなくて、人の命は、いつまで持つかわからない気がする。気楽に、逢いたい人たちとも逢い、一人として、ゆっくりと暮らしたいと、何年も思い、口にも出していらしたが、このところ、何日も、酷いご病気で、急にご譲位された。
世間の人は、惜しい盛りの御年を、位を投げ出されてと、惜しむのである。東宮もご成人しておられるので、すぐに跡継ぎになり、一般の政務などは、別に変わることはなかった。




太政大臣致仕の表奉りて、こもりい給ひぬ。太政大臣「世の中の常なきにより、かしこき帝も、位を去り給ひぬるに、年ふかき身の冠をかたけむ、なにか惜しからむ」と思し宣ひて、左大将、右大臣になり給ひてぞ、世の中の政仕うまつり給ひける。女御の君は、かかる御世をも待ちつけ給はで、うせ給ひにければ、限りある御位を得給へれど、物の後のここちして、かひなかりけり。六条の女御の御腹の一の宮、坊にい給ひぬ。さるべき事とかねて思ひしかど、さしあたりてはなほめでたく、目おどろかるるわざなりけり。右大将の君、大納言になり給ひぬ。いよいよあらまほしき御中らひなり。




太政大臣は、辞表を差し出し、家に引きこもった。この世は、無常なので、あの立派な陛下におかせられても、御退位あそばされるというのに、私のような老人が、冠を掛けて、辞職しても、何の惜しいことがあろう。と思いで、口にもされる。左大将が、右大臣におなりになり、政務をお勤めされる。
女御の君は、こういう時に、お会いされず、おとなしくなったので、最高の位はお受けになったのだが、光の当らない雰囲気で、何にもならないことだった。
六条の女御がお生みになった、一の宮が、東宮におなりになった。当然、そうなることと、前々から知っていたが、いざ実現すると、矢張り、結構なことで、目を見張ることだった。右大将、夕霧は、大納言におなりになった。ますます、理想的な御仲である。

ここの、女御の君とは、新帝の母で、黒髭の妹である。
六条の女御は、源氏の姫で、明石の女御。その姫が生んだ子が、東宮になったのである。

いよいよあらまほしき御中らひなり
これは、髭黒と夕霧仲である。




六条の院は、おりい給ひぬる冷泉院の、御嗣おはしまさぬを、あかず御心のうちに思す。同じ筋なれど、思ひ悩ましき御事ならで過ぐし給へるばかりに、罪は隠れて、末の世までは伝ふまじかりける御宿世、口惜しくさうざうしく思せど、人に宣ひ合はせぬことなれば、いぶせくなむ。




六条の院は、ご退位された冷泉院が、後継ぎがいないのを、残念なことと、心中密かに思われる。同じ血筋ではあるが、煩悶されるほどではなく過ごされたので、罪は現れず、子孫までは、皇位を伝えることが出来なかった御運を、残念に、飽き足りなく思うが、人と話し合えぬことだから、お心が晴れないのである。

口惜しくさうざうしく思せど
これは、新東宮は、明石の女御の子で、源氏の血を引くものだが、一代限りの、冷泉院ことを思うと残念なのである。

物語の当時は、藤原の時代である。
だが、藤原氏の事には、触れていない。
ここに、源氏物語の闇がある。



posted by 天山 at 06:00| もののあわれ第13弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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