2015年01月27日

国を愛して何が悪い170

初期万葉の場合など、壬申の乱をはさんで、政治的悲劇を経験した人物ほど名歌を残しているが、それは生活の振幅のひろさと、生命力の緊張を示すものであり、鎮魂の深さと大きさを保証するものであった。彼らは歴史と時代を背負っていたのである。古代信仰ともむろん関係があるが、この意味をもふくめて、政治からの距離が、古今集の作者たちの弱さになっている。同時に、こういうかたちで「文学」というものになったのである。
亀井勝一郎

弱さになっているものから、文学への道である。
文学への意識とも、言える。

更に、女性歌びとの、衰退である。
平安期の女房文学を待つしかない。

その平安期には、女文字としての、ひらがなの世界が、ひときわ目立つ。
物語への世界である。
勿論、源氏物語に、象徴される。

9世紀後半の文学の状況は、紀貫之を外して、考えられない。
当時、最も広い、洞察を加えた人と言える。

貫之は、漢文の素養の深い人であった。
9世紀の唐化の波をくぐり、和歌の世界に覚醒したと、言える。

当時の宮廷の歌は、唐歌、つまり漢詩である。
対して、和歌は、やまとうた、である。
その、やまとうたを、恢復しようとしたことは、かな序において、明らかだ。

同時に、歌にまとわりついていた、物語が、次第に物語として、独立してゆくのである。

言わば漢詩と物語と、この双方から限定されたところに彼のいう「和歌」があり、また物語との対比において「短歌」の確立があったと言ってよかろう。
亀井

そして、貫之の試みは、ひらがなの採用である。

伝口誦を漢文字で表現しようとした過程を、第一の言語革命期とよぶならば、ひらがな文の成立と普及は、第二の言語革命と言ってよい。
亀井

当時は、公用語、そして男文字は、すべて漢字である。
そこに、ひらがなを採用するということは、一種の批判精神が宿る。

現在に言われる、批評精神を持ち得た人が、貫之と言える。

その晩年、七十を越してから、土佐日記を書いている。
「をとこもすなる日記といふものを、女もしてみんとするなり」との、書き出しである。

古今という、勅撰集に、ひらがなの序を書いたことも、ひらがなにて、日記を書いたことも、画期的な試みだったはずだ。

土佐日記は、女になりすまして、書いたものであり、これは、痛烈に当時の、文学以前の意識に対しての、革命的な挑戦と言える。

土佐日記の内容については、省略する。

「万葉から古今へ」とは決して歌中心だけの問題ではない。万葉の「うた」という混沌として複雑な精神生活の所産から、短歌と物語と日記という風に分化してゆく次元のちがった精神生活への移行であり、貫之はちょうどその曲がり角に立っているような人である。
亀井

更に、密教から、浄土信仰への移行の時期でもある。
そして「神ながら」の古代信仰も次第に、変質して行く過程である。

それは、10世紀の精神として・・・
外的行動よりも、内向的な思索への道への、目覚めの時期でもある。

密教的なものと、浄土教的なものとの、融和を考えるのである。
そのためには、少しばかり、空海の起こした、密教を眺める必要がある。

それは、9世紀前半の空海の出現と、密教の成立である。
亀井は、精神史の上では、重大な事件だと、言う。

確かに、空海の密教は、大陸の漢字文化が伝わったような、事件であったと、思える。
奈良の仏教の、堕落と頽廃を、蹴散らしてしまうほどの、エネルギーである。

最澄と空海は、新しい仏教を提唱したと言ってもいい。
その宗教性については、別の話である。
歴史的事件である。

平安期の最大の特徴は、十世紀から十一世紀にわたる藤原の全盛期にみられるが、しかし九世紀前半における空海(弘法大師)の出現と密教の成立は、日本精神史上の重大な事件であって。まずここから語らなければならない。・・・民族変貌期の巨大な頂点を示すとともに、日本人の思考方法にひとつの規範を与えたからである。
亀井

空海の時代・・・
それを俯瞰すると、奈良の平城京から、京都の平安京への、遷都がある。
淳仁天皇の三年、759年、万葉集の歌がこの年で、終わる。
一つの時代の、終焉を思わせる。

この頃から、九世紀へかけて、上古以来の名門が次々と、没落する。
政治的紛争の、中心は、藤原氏である。

それは、皇室と、強力な血縁関係を結び、天皇、皇后、皇太子の擁立、追放を欲しいままにした。
その、陰謀は、極めて知的で、陰惨である。
七世紀の、蘇我氏の比べても、血族相克の規模が広く、そして永続する。

この過程で、古代天皇の有り様が、変質したといえる。
天武天皇以来の、皇親政治は、完全に消滅した。

更に、天智系が、天皇位を確保することになる。
それらの、諸事情は、省略する。

藤原家の内紛も続くが、大伴、佐伯などの、古代からの、名家が没落するのである。
空海は、その佐伯家の一族である。

没肉した、家系の一族であり、その政治的権力は、無きものとなった。
空海が、出家した理由も、その辺りにあるとみる。



posted by 天山 at 05:28| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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