2015年01月16日

玉砕2

日本は、昭和20年8月15日まで、大日本帝国と名付けられた。
その日は、大東亜戦争、第二次世界大戦が終わり、日本が、無条件降伏を受け入れた日である。

だが、それは、日本軍の無条件降伏である。
しかし、それが、日本国の無条件降伏とされた過程がある。

ここでも、アメリカ、白人の狡賢さが解るというもの。
国が、無条件降伏を受け入れたと、解釈変更を、自然の成り行きで、変えてしまったのである。

大日本帝国は、明治22年から、続いたものである。
であるから、その帝国が、解体されたのである。

その、帝国憲法では、天皇主権の国家だった。
それで、十分に保つことが出来た、日本である。
何故か・・・
天皇主権とは、国民主権と、変わりないのである。

ここが、誤解、いや、知識の浅い、知識人たちの、アホ振りである。

天皇は、国体であり・・・
つまり、国体とは、国民である。
天皇主権は、国民主権に他ならないのである。

であるから、天皇は、広く国民の声に耳を傾け、国民が決定したことを、承認するという、政治の形である。

その天皇の主権があるから、日本は、民主的な政治を行なうことが出来たのである。
天皇の政治は、古代から、民主的だった。

ところが・・・
天皇の政治を、専制的という、アホな学者が大勢存在した。
それも、不幸なことである。

君臨すれど、統治しないのである。

天皇の権威は、いつも、国民の側に立っていた。
だから、日本は、いつの世も、天皇を戴いていたのである。
もし、天皇が、権力者ならば、新しい権力者によって、取って代わられたのである。

いかに、権力者が現れても、天皇の許可なく、政治を行なうことが出来なかった。
それは、天皇の声が、国民の声であるからだ。

それを、知らない人たち・・・

戦国時代の武将が、何故、京を目指したか。
それは、天皇に、一枚の紙を書いて欲しいがためである。
例えば、征夷大将軍とか、関白とか・・・

天皇が、認めなければ、国民が認めなかったのである。
何故か。
天皇は、いつも国民の側に立って、発言さられる存在だからである。

天皇という、権威を国民が、置いたことが、日本民族の智慧であり、賢さだった。
どんなに、国が乱れても、天皇が存在すれば・・・
何とか成る。

この天皇の存在の意味と意義を、明確に持つことが、日本国民である。

敗戦後、アメリカ占領軍が創作した、憲法の最初に、
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく
と、ある。

今更である。
古代から、天皇は、それである。

それなのに・・・
改めて、そのように書かれると、天皇は人間だと言う馬鹿も大勢いた。

昭和天皇御自身、私は、人間であると、仰せられた。
当然、天皇は、人間である。
現人神・・・
それは、国民のことである。
天皇をお呼びする時は、現人御神と言う。

天皇の政治は、天智、天武天皇時代を除けば、大半が、統治せず、である。

であるから、いつの時代も、天皇は象徴であられた。
他国から見れば、君主である。
君主がいなければ、大統領となる。あるいは、皇帝である。いずれも、権力者である。

権威というものが、即刻出来上がるものではないことだ。
長い時間が必要である。
日本の天皇は、それを有する存在である。

さて、時代を一気に、大正時代に移す。
大正12年9月1日、関東大震災が起こる。
大変な自然災害だった。

大正は、大正12年12月25日の、大正天皇崩御にて、終わる。
即座に、皇太子が、即位する。
昭和元年である。
昭和天皇の誕生である。その時、裕仁殿下は、25歳だった。

翌年、昭和2年、金融恐慌が起こる。1927年。
それは、大震災の影響によるものである。

関東大震災によって大きな被害を受けた企業が、決済が出来なくなった手形が、元凶である。
取り付け騒ぎ・・・
銀行が潰れる・・・そこで、人々が、銀行に押し寄せた。

昭和は、憂うつな事柄が多くはじまった、時代である。
その年、満州・華北地方への第一次出兵があった。
経済の破綻と、軍事の膨張がはじまった頃である。



posted by 天山 at 05:30| 玉砕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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