2015年01月06日

もののあわれについて720

各々別るる道のほど物語りし給うて、宮の御事のなほ言はまほしければ、柏木「院にはなほこの対にのみものせ給ふなめりな。かのおほん覚えのことなるなめりかし。この宮いかに思すらむ。帝の並びなくならはし奉り給へるに、さしもあらで、屈し給ひにたらむこそ心苦しけれ」と、あいなく言へば、夕霧「たいだいしき事。いかでか然はあらむ。こなたはさま変はりておふしたて給へる睦びの、けぢめばかりにこそあべかめれ。宮をば方々につけて、いとやむごとなく思ひ聞え給へるものを」と語り給へば、柏木「いで、あなかま。給へ。皆聞きて侍り。いといとほしげなる折々あなるをや。さるは世におしなべたらぬ人の御覚えを。ありがたきわざなりや」と、いとほしがる。
柏木
いかなれば 花に木づたふ 鶯の 桜をわきて ねぐらとはせぬ
春の鳥の、桜ひとつにとまらぬ心よ、怪しと覚ゆる事ぞかし」と口ずさびに言へば、いで、あなあぢきなのもの扱ひや、さればよ、と思ふ。
夕霧
深山木に ねぐら定むる はこ鳥も いかでか花の 色にあくべき
わりなきこと、ひたおもむきにのみやは」と答へて、煩はしければ、ことに言はせずなりぬ。こと事に言ひ紛らはして、各々別れぬ。




お互いに、別れる道までお話をされて、宮の噂をしたかったので、柏木は、院におかせられては、矢張り、東の対にばかり、お出であそばすようですね。そちらの御愛情が格別だからでしょう。こちらの宮様は、どのように思っているでしょう。父帝が第一に、いつもお扱いしていたのに、それほどではなく、沈みこんで、いらっしゃるでしょう。お気の毒に。と、余計なことを言うので、夕霧は、とんでもない。どうして、そんなことがありましょう。紫の上は、普通ではない育て方をされたため、親しさが違うだけでしょう。宮様を、何かに付けて、とても、大事に思いもうしあげています。とお話すると、柏木は、いや、黙ってください。全部聞いています。とても、お気の毒なときが、よくあるそうです。実のところ、並々ではない父帝の御情愛ですのに。勿体無いことです。と、気の毒がる。

柏木
どうしても、花を次々に、訪れる鶯は、桜を別扱いして、巣としないのか。

春の鳥は、桜だけに、止まればいいのに。不思議に思われることです。と、口ずさみに言うので、何とまあ、つまらないお節介を。矢張りだ、と、大将は思う。

夕霧
奥山の、木に巣を作る、はこ鳥も、どうして花の色を、嫌がるでしょう。

つまらないことを、一本調子に言うものではない。と、返事をする。煩いので、それ以上は、物を言わせないようにした。他に話を逸らして、互いに別れた。




督の君は、なほおほいどのの東の対に、ひとり住みにてぞものし給ひける。思ふ心ありて、年ごろかかる住まひをするに、人やりならずさうざうしく、心細き折々あれど、わが身かばかりにて、などか思ふ事かなはざらむ、とのみ心おごりをするに、この夕より屈しいたく物おもはしくて、「いかならむ折に、またさばかりにてもほのかなる御有様をだに見む。ともかくもかきまぎれたる際の人こそ、かりそめにもたはやすき物忌み、方違へのうつろひも軽々しきに、おのづから、ともかくも物のひまをうかがひつくるやうもあれ」など、思ひやる方なく、「深き窓のうちに何ばかりの事につけてか、かく深き心ありけりとだに知らせ奉るべき」と胸痛くいぶせければ、小侍従がり、例の、文やり給ふ。
柏木「一日風に誘はれて、みかきの原を分け入りてはべしに、いとどいかに見おとし給ひけむ。その夕より、乱り心地かきくらし、あやなく今日はながめ暮らし侍る」など書きて、
柏木 
よそに見て 折らぬなげきは 茂れども なごり恋しき 花の夕かげ
とあれど、一日の心も知らぬは、ただ世の常のながめにこそはと思ふ。




督の君、柏木は、まだ太政大臣邸の、東の対に、独身で暮らしている。
考えるところありて、長年、このような独身生活をしていてるが、好き好みのことなのに、物足りなく、心細い事も、しばしばある。自分は、これほどの身で、どうして、思う事が叶わないのだろう。と、慢心しているうちに、蹴鞠の夕方から、沈み込んで、考え迷うのである。何かの機会に、もう一度、あれくらいでもいい、ちらりと、お姿を見たい。何とかして、人目につかぬ、身分の者なら、少しでも、手軽な物忌みや、方違えの外出も、簡単にするので、いつしか、何とかして、隙を狙えることもあるだろう。などと、気の晴らしようもなく、深窓に住む宮様に、どのような手段で、こんな深い愛情を持っているのかを、お知らせ申したいが、と、胸が苦しく、辛いので、小侍従の下に、例の如く、手紙をやる。
柏木
先日、偶然にお邸に参上いたしましたが、御覧あそばして、改めて、どれほど軽蔑されたでしょうか。あの夜から、気分が悪くてたまらず、訳もなく、今日一日、ぼんやりと、暮らしていました。などと、書いて、
よそながら、見るばかりで、折りもしない、なげ木は、一杯に増えます。あの夕方の花の色が、いつまでも、悲しいのです。

と、あるが、先日のことを、知らない小侍従は、普通の恋わずらいと思う。




御前に人しげからぬ程なれば、かの文を持て参りて、小侍従「この人の、かくのみ忘れぬものに、こと問ひものし給ふこそ煩はしく侍れ。心苦しげなる有様も、見給へ余る心もや添ひ侍らむと、みづからの心ながら知りがたくなむ」と、うち笑ひて聞ゆれば、女三「いとうたてある事をも言ふかな」と、何心もなげに宣ひて、文広げたるを御覧ず。




宮様の御前に、人があまりいない時だったので、あの手紙を持って上がり、小侍従が、この人が、こんな忘れられない物として、手紙をよこしなさって、煩いようです。お気の毒な、御様子を、見るに見かねる気を起こすかもしれませんと、自分の心ながら、わかりかねます。と、笑い、申し上げる。女三の宮は、嫌なことを、言う、と、何気なくおっしゃり、小侍従が手紙を広げたのを、御覧になる。

見給へ余る心もや添ひ侍らむと・・・
手引きをするかもしれません、との意味。




「見もせぬ」といひたる所を、あさましかりし御簾のつまを思し合はせらるるに、御面あかみて、おとどの、さばかり。ことの序ごとに、源氏「大将に見え給ふな。いはけなき御有様なめれば、おめづから取りはづして見奉るやうもありなむ」と、戒め聞え給ふを思ひ出づるに、大将のさる事のありしと語り聞えたらむ時、いかにあばめ給はむ、と、人の見奉りけむ事をば思さで、先づはばかり聞え給ふ心のうちぞ幼なかりける。
 常よりもおほんさしらへなければ、すさまじく、強ひて聞ゆべき事にもあらねば、ひき忍びて、例の書く。
小侍従「ひと日はつれなし顔をなむ。めざましうと許し聞えざりしを、見ずもあらぬやいかに。あなかけかけし」と、はやりかに走り書きて、
 いまさらに 色にな出でそ 山桜 及ばぬ枝に 心かけきと
かひなき事を」とあり。




「見もせぬ」という、業平の歌を引いたところを、不注意だった御簾の端の事と、思いつかれるので、お顔が赤くなり、源氏が、いつも、大将に見られぬように。子供っぽいところがありますから。自分では、気づかなくても、うっかりして、覗き見されることもある。と、ご注意されたことを、思い出して、大将が、こんなことがありました、などと、お話されたら、どんなに、叱られるだろうと、人に見られたという以上に、第一に源氏を、怖がるお心は、幼いのである。
いつもよりも、お言葉がないので、拍子抜けして、無理に申し上げることではないと、人目を忍んで、いつもの通り、返事を書く。
小侍従は、先日は、知らない顔をされました。酷い方と、お許し申さずでした。見ないでも、なかったということは、どうしてですか。思わせぶりです。と、達筆に、走り書きして、
いまさら、顔色に、お出しになるなんて。手の届きそうにもない、山桜の枝に、思いを寄せた、などと。
無駄なことです。とある。

当時は、男に姿を見られるのは、女の恥と言われた。
だが、見られたということよりも、源氏に叱られるということの方が、怖い、女三の宮である。

若菜の上、を、終わる。




posted by 天山 at 05:13| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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