2015年01月05日

もののあわれについて719

おとど御覧じおこせて、源氏「上達部の座、いとかろがろしや。こなたにこそ」とて、対の南面に入り給へれば、皆それに参り給ひぬ。宮も居直り給ひて、御物語りし給ふ。次々の殿上人は、すのこにわらうだ召して、わざとなく、椿餅、梨、柑子やうのものども、さまざまに、箱の蓋どもにとり混ぜつつあるを、若き人々そぼれとり食ふ。さるべき干物ばかりして、御かはらけ参る。




源氏は、こちらに目を向けて、上達部の座が、あまりに軽い。こちらにどうぞ、と、対の南座敷に入りになったので、皆もそちらにお上がりになる。兵部卿の宮も、席を改めて、お話をされる。それ以下の殿上人は、すのこに円陣を敷かせ、気軽に、椿餅、梨、柑子のようなものを、色々と、箱の蓋に盛り合わせているものを、若い人々は、はしゃぎながら、食べる。適当な干物を肴に、御酒を召し上がる。




衛門の督は、いといたく思ひしめりて、ややもすれば、花の木に目をつけてながめやる。大将は、心知りに、怪しかりつる御簾の透蔭、思ひいづることやあらむと思ひ給ふ。意図端近なりつる有様を、かつは軽々しと思ふらむかし。いでやこなたの御有様の、さはあるまじかめるものを、と思ふに、かかればこそ世の覚えの程よりはうちうちの御心ざしぬるきやうにはありけれ、と思ひ合はせて、なほ内外の用意多からず、いはけなきは、らうたきやうなれど、後ろめたきやうなりや、と思ひおとさる。




衛門の督は、すっかりと沈み込んで、どうかすると、花の木を見つめて、物思いに耽っている。
大将、夕霧は、訳を知るので、変な弾みで、御簾越しに見た姿を、思い出していることであろうと、思う。女三の宮が、ひどく端近くにいたご様子を、一方では、身分に相応しくない、軽率な、と思っているだろう。それにしても、紫の上のご様子が、そんな風には決してなさらないのに、と思うと、これだから、世間の評判の程度に比べて、内々の愛情が、薄い様子なのだと、考え合わせて、矢張り、自他共に、不用心で子供っぽいのは、可愛らしいようだが、心配なことだと、心で軽蔑してしまうのである。




宰相の君は、よろづの罪をもをさをさたどられず、おぼえぬ物のひまより、ほのかにもそれと見奉りつるにも、わが昔よりの心ざしのしるしあるべきにや、と、契り嬉しき心地して、あかずのみ覚ゆ。




宰相の君、衛門の督、つまり柏木は、女三の宮の、色々な欠点をも、一向に気づかず、思いがけない隙間から、ちらりと、あの方をお見受けしたことにも、自分の昔からの、愛情の反応があるのではと思い、御縁を嬉しく思い、いつまでも、考え込む。




院は昔物語りしいで給ひて、源氏「太政大臣の、万の事に立ち並びて勝ち負けの定めし給ひし中に、鞠なむえ及ばずなりにし。はかなき事は、伝へあるまじけれど、ものの筋はなほこよなかりけり。いと目も及ばず、かしこうこそ見えつれ」と宣へば、うちほほえみて、柏木「はかばかしき方にはぬるく侍る家の風の、さしも吹き伝へ侍らむに、後の世のため異なる事なくこそ侍りぬべけれ」と申し給へば、源氏「いかでか。何事も人に異なるけぢめをば記し伝ふべきなり。家の伝へなどに、書き留め入れたらむこそ、興はあらめ」など戯れ給ふ御さまの、にほひやかに清らなるを見奉るにも、「かかる人にならひて、いかばかりの事にか、心を移す人はものし給はむ。何事につけてか、あはれと見ゆるし給ふばかりは、なびかし聞ゆべき」と思ひるぐらすに、いとどこよなく、御あたりはるかなるべき身の程も、思ひ知らるれば、胸のみふたがりてまかりで給ひぬ。




院、源氏は、昔話をはじめて、太政大臣が色々なことで、自分を相手に、勝負の争いをされた中で、私は、鞠だけは、どうしても勝てなかった。つまらない事で、伝授ごとのあるはずもないが、血統は、矢張り一段と違うものだ。全く、目も及ばぬほど、上手だった。と、おっしゃると、微笑んで、柏木が、役立つことでは、劣っております家風が、鞠の方に吹き伝えましたところで、子孫のためには、何もならないことです。と、申し上げると、源氏は、どうして、そんなことはない。何事も人より優れていることを、書きとめて、伝えるべきだ。家の歴史などに、書き込んだら、面白いだろう。などと、冗談をおっしゃるご様子の、艶々とした、綺麗な様を拝すると、こんな人と一緒にいて、どれほどの事に、心を変える人があろうか。何事をきっかけに、あはれとお認め下さるくらいに、お傍にも、全く近づけない身分が、よく解るので、胸が、塞がるばかりで、退出された。




大将の君ひとつ車にて、道のほど物語りし給ふ。夕霧「なほこの頃のつれづれには、この院に参りて紛らはすべきなりけり。今日のやうならむいとまのひま待ちつけて、花の折り、過ぐさず参れ、と宣ひつるを、春惜しみがてら、月のうちに、小弓持たせて参り給へ」と語らひ契る。




大将の君は、柏木と一緒の車に乗り、道々話しをされる。
夕霧は、矢張り、今時分の退屈な時には、この院に参上して、気晴らしするべきでした。今日のような、暇な日があれば、花の盛りを過ごさずに、参上せよ。と、おっしゃったので、春を惜しみがてらに、この月中に、小弓を持たせて、参上下さい。と、相談し、約束する。







posted by 天山 at 06:34| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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