2008年06月11日

タイ旅日記 11 平成20年6月

昼近くになり、私たちは、結婚する妻の家に、向かった。

その家は、おじいさんの家のすぐ側である。


すでに、人が集い、婿のお兄さんが、舞台で、酒を酌み交わしていた。

舞台といっても、地面に、蓆を敷いたものである。


その、四隅に、柱をつけて、その柱に、豚の首を下げている。

丁度、私たちが、言った時に、豚の解体が、行われていた。


私は、普段見ることが、出来ないものだから、じっと、それを、見ていた。


頭を取られた豚は、胴体である。それを、どんどん、細かく、切り刻んで、一つの袋に入れる。

それを、女たちが、また、小さくして、揚げ物や、生肉を刻んで、野菜と混ぜて、料理を作る。

その、混ぜ合わせたものを、食べようとした時、小西さんに、止められた。

生肉の、豚は、危ないのである。


小西さんは、それを食べて、中毒を起こしたと言う。

それで、私と、野中は、食べるのを、止めた。


新婦はいるが、新郎は、まだ、いない。

新郎を待つ。


その間に、私は、例のおじさんに、連れられて、耳の聞こえなくなった、おじさいんの家に、連れて行かれた。

そして、私に、耳を見てくれというのである。


耳が遠くなった、おじいさんである。

もう、しょうがいないと、思いつつ、私は、手当てをした。

耳と、頭の後ろに、手を当てた。

おじいさんは、それを、温かいと言う。

言葉が、解らないが、そう言っているのである。


私は、日本語で、少しつづ、良くなりますよと、言った。

気休めである。

しかし、おじいさんは、真剣に、聞いた。


少しして、また、おじさんが、今度は、また私の手を取り、自分の家に、連れてゆくのである。


少し歩いて、そのおじさんの家に行った。

その、おじさんの家であることは、すぐに解った。

二人の子供に、私に、ご馳走するために、マンゴーと、梨を木に登らせて、取っていた。

それを、私は、窓から、見ていた。


おじさんは、私のために、マンゴーの皮を剥き、小さく斬って、皿にのせて、私の前に置いた。


熟した、マンゴーは、美味しかった。


そして、昨夜、手当てをした、右足を出して、やはり、痛むという。

私は、再度、右足に手を置いた。

リンパが瘤のように、張っている。


これは、リンパ癌の、疑いがあると、思った。

しかし、言わない。


その時、小西さん夫婦が、やって来た。


私は、それを、小西さんに話した。

この痛みは、単なる疲労の痛みではない。リンパが腫れていると。


私は、痛み止めと、抗生物質を持っているので、それを、差し上げようと、思った。

眠られないほど、痛いと言うのである。


昨夜は、確かに、痛みが、治まったが、それは、一時的なことだった。


私は、この村にも、医療が必要だと、思った。


昔なら、癌でも、そのまま、亡くなる。

そして、原因不明である。

それで、良かった。しかし、今、現在の状態では、治る見込みがある。


後で、小西さんの家に、薬を取りに来るようにと、告げて、貰った。


何とも、不思議な、縁である。

おじさんは、私を、全く信じているのである。


小西夫婦と、私は、また、結婚式の場に戻った。

しかし、中々、新郎が来ない。


そんな中で、一人のイギリス人の女性と、会った。彼女も、この村に滞在していた。

彼女は、少数部族を研究し、それを、保護する仕事をしている。

野中の英語を通して、話した。


以下、その内容である。


彼女は、ケルト民族の子孫である。

お祖父さんの、そのお祖父さんの代に、ケルトの文化が、キリスト教、カトリックによって、禁止された。言葉も、禁止されたという。

私は、日本の古代の文化と、ケルト文化は、共通していると、言った。

彼女は、どんなところですかと、尋ねる。


言葉です。

文字が、無かったと、言われていますが、話し言葉があったということは、文字もあったのです。

そして、文字は、神であるから、多く使わなかったと言うと、彼女は、涙を流さぬばかりに、感動していた。


結果、彼女は、私に、あなたに師事して、日本の文化を、学びたいと言った。

お互いに、連絡先を、交換した。


メールにての、やり取りで、付き合うことになった。


これも、出会いである。


シンバルと、太鼓が鳴った。いよいよ、新郎の登場かと、思ったが、これから、新郎を皆で、迎えに行くという。


私たちは、皆の後に続いて、新郎を迎えに行くことにした。

しかし、時間は、迫っていた。

もうすぐ、三時になるのである。

あと、一時間しかない。


誕生と、結婚と、葬儀が、大切な行事であると、小西さんが言った。

一生に、二度とないのである。


結婚式は、三日続くと言う。

豚、四頭を使うのである。そして、牛、一頭である。

男たちは、皆、飲み続ける。


私たちは、皆の後ろについて、新郎を迎えに出た。

道の真ん中で、新郎を迎える。

シンバルと、太鼓が、派手に大きな音を立てた。

新郎が、車で来た。そして、降りて、皆の前に姿を、現した。


実に、大袈裟である。

だが、大袈裟であって、いい。彼は、これで、一生、妻の家に入るのである。

シンバルと、太鼓が、大きな音を立てた。


私たちは、道端に、敷かれた舞台を、見ていた。

そこで、祈りが、行われた。

長老たちが、ぶつぶつと、伝来の祈りを、唱える。


そして、酒の回し飲みである。

私たちは、それを、見ているだけである。その中には、入れない。


ただ、私の前にも、盃が、差し出された。

彼らの好意である。

それを、一気に飲む。


御目出度い席に、参加して、私は、ただただ、感激である。



posted by 天山 at 16:16| タイ旅日記  平成20年6月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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