2015年01月02日

もののあわれについて718

督の君続きて、柏木「花みだりがはしく散るめりや、桜は避きてこそ」など宣ひつつ、宮の御前のかたをしり目に見れば、例の、ことに納まらぬ気配どもして、いろいろこぼれいでたる御簾のつま、透影など、春のたむけの幣袋にやと覚ゆ。御凡帳どもしどけなく引き遣りつつ、人げ近く世づきてぞ見ゆるに、唐猫のいと小さくをかしげなるを、少し大きなる猫追ひ続きて、俄かに御簾のつまより走り出づるに、人々おびえ騒ぎて、そよそよと身じろぎさまよふ気配ども、衣のおとなひ、耳かしがまき心地す。




督の君が、後を追い、花がしきりに散るようです。桜を避けて吹けばいいのに、とおっしゃり、女三の宮の、お部屋の方を、横目で見る。いつもの通り、何やらしまりのない様子で、色とりどりの女房の着物が、こぼれて出ている。御簾の裾や、女房のすき影など、春に消える、幣袋かと、思われる。
御几帳をだらしなく、部屋の隅に片寄せてあり、すぐそこに、女房がいて、返事をしそうな気がするが、唐猫のとても小さな、可愛らしいものを、少し大きな猫が、追いかけて来て、急に御簾の下から走り出るので、女房達は、怖がり、騒ぎ立て、身じろぎ、動きまわる様子で、衣擦れの音が、喧しい気がする。




猫はまだよく人にもなつかぬにや、綱いと長くつきたりけるを、物に引きかけまつはれにけるを、逃げむとひこじろふ程に、御簾のそば、いとあらはに引き上げられたるを、とみにひきなほす人もなし。この柱のもとにありつる人々も、心あわただしさにて、物おぢしたる気配どもなり。




猫は、まだ人に、よくなついていないようで。綱が、非常に長くつけてあり、物に引っ掛かりついて、逃げようと引きずる中に、御簾の端が、とてもはっきりと中が見えるほどに、引き上げられたのを、すぐに直す者もいない。この柱の傍にいた人々も、慌てている様子で、手が出ないようである。




几帳の際少し入りたる程に、うちぎ姿にて立ち給へる人あり。階より西の二の間の東のそばなれば、まぎれ所もなくあらはに見入れらる。紅梅にやあらむ、濃き薄きすぎずぎに、あまた重なりたるけぢめ花やかに、冊子のつまのやうに見えて、桜の織物の細長なるべし。御髪の裾までけざやかに見ゆるは、糸をよりかけたるやうに靡きて、裾のふさやかにそがれたる、いと美しげにて、七八寸ばかりぞ余り給へる、御衣の裾がちに、いと細くささやかにて姿つき、髪のかかり給へる側目、言ひ知らずあてにらうたげなり。夕かげなければ、さやなからず、奥暗き心地するも、いと飽かず口惜し。




几帳のある所から、少し奥まった辺りに、うちぎ姿で立っている方がいる。階段から、西へ二番目の間の、東の端なので、隠れようにもなく、すっかりと見通せる。紅梅襲だろうか、濃い色薄い色を次々と、何枚も重ねた色の、移り変わりも華やかに、冊子の小口のように見えて、桜襲の織物の細長であろう。御髪が、裾までくっきりと見えるのが、糸をよりかけたようになびき、裾がふさふさと、切り揃えているのは、大変可愛らしく、七、八寸ばかり後ろに引いている。お召し物の裾が、たっぶりと余り、とても細く小柄で、体つき、髪の降り掛かる、御横顔は、言いようもなく、上品で、可愛い。夕日の光なので、はっきりとせず、奥は暗い感じがするのも、実に、物足りなく、残念である。




鞠に身をなぐる若君達の、花の散るを惜しみもあへぬ気色どもを見るとて、人々あらはをふともえ見つけぬなるべし。猫のいたく鳴けば、見返り給へるおももちもてなしなど、いとおいらかにて、若く美しの人やと、ふと見えたり。




鞠に熱中している若君達が、花の散るのを、惜しみをしきれぬ様子を見るとて、女房達は、丸見えなのに、急に気づかないのだろう。猫が、とても鳴くので、振り返った顔つき、態度などは、大変鷹揚で、若く美しい方だと、ふと思えたのである。




大将はいとかたはらいたけれど、はひ寄らむもなかなかいと軽々しければ、ただ心を得させて、うちしはぶき給へるにぞ、やをらひき入り給ふ。さるはわが心地にも、いと飽かぬ心地し給へど、猫の綱ゆるしつれば、心にもあらずうち嘆かる。




大将は、はらはらするが、御簾を直すようにと寄るのも、かえって身分に相応しくないと、ただ、気づかせようと、咳払いをされたので、すっと引き込みになる。実のところ、大将は、ご自分でも、酷く残念な気持ちになるが、猫の綱を放したので、御簾が下りて、思わずに、溜息が出たのである。




ましてさばかり心をしめたる衛門の督は、胸ふとふたがりて、誰ばかりにかあらむ、ここらの中にしるきうちぎ姿よりも、人に紛るべくもあらざりつる御気配など、心にかかりて覚ゆ。さらぬ顔にもてなしたれど、まさに目とどめじや、と大将はいとほしく思さる。
わりなき心地の慰めに、猫を抱き寄せてかき抱きたれば、いとかうばしくて、らうたげにうち鳴くも、なつかしく思ひよそへらるるぞ、好々しや。




まして、あれほど、夢中になっている、衛門の督は、胸が一杯で、あれは、どなたでもない、大勢の中で目立つ、うちぎ姿からも、他人に間違いようもない、宮様の御様子など、心に忘れられない思いである。
衛門の督は、何気ない風を装うが、当然、見ていたに違いないと、大将は、女三の宮を、気の毒に思われる。
衛門の督は、たまらない恋しさを抑えようと、猫を抱き寄せて、抱き上げると、ただいいにおいがして、可愛らしく鳴くのも、宮かと思われて、嬉しいとは、好色な人だ。

最後は、作者の言葉。
恋しいは、好色になるのである。





posted by 天山 at 06:33| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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