2014年12月30日

もののあわれについて717

三月ばかりの空うららかなる日、六条の院に、兵部卿の宮、衛門の督など参り給へり。おとど出で給ひて、御物語などし給ふ。源氏「静かなる住まひは、この頃こそいとつれづれに紛るることなかりけれ。公私に事なしや。何わざしてかは暮らすべき」など宣ひて、源氏「けさ大将のものしつるはいづかたにぞ。いとさうざうしきを、例の小弓射させて見るべかりけり。好むめる若人どもも見えつるを、ねたう、出でやしぬる」と問はせ給ふ。大将の君は、丑寅の町に、人々あまたして、鞠もて遊ばして見給ふと聞し召して、源氏「乱りがはしき事の、さすがに目にさめてかどかどしきぞかし。いづら、こなたに」とて御消息あれば、参り給へり。若君達めく人々多かりけり。源氏「鞠持たせ給へりや。誰々かものしつる」と宣ふ。「これかれ侍りつ」源氏「こなたへまかでむや」と宣ひて、寝殿の東面、桐壺は若宮具し奉りて、参り給ひにし頃なれば、こなた隠ろへたりけり。




三月頃で、空がうららかに晴れている日、六条の院に、兵部卿の宮、衛門の督などが、参上された。源氏が出て、ご対談があった。
源氏は、静かな暮らしだが、この頃、実に退屈で、気の紛れることがない。国も、我が家も、平穏無事だ。何をして、一日を暮らそう、などとおっしゃり、今朝、大将が来ていたが、何処にいる。何とも、物寂しいが、お決まりで、小弓を射させて、見るものだった。好きらしい若い連中が、見えたのに、惜しいことだ。帰ったのかと、お尋ねになる。
大将の君、夕霧は、東北の町で、大勢の人々に、蹴鞠を見せていると、お耳にして、源氏は、無作法なものだが、しかし眠気の覚める類のものだ。さあさあ、こちらへ、と、あり、お言葉が伝えられたので、参上された。
若殿らしい方々が多い。
源氏は、鞠を持たせたか。誰々が来たのだ。と、おっしゃる。誰と誰が来ました。
源氏は、こちらへ来て貰えないか、とおっしゃり、寝殿の東座敷、明石の女御は、若宮をお連れして、参内された頃で、こちらには、人目が少ない。




やり水などのゆきあひはれて、よしあるかかりの程を尋ねて立ち出づ。太政大臣殿の君達、頭の弁、兵衛の佐、大夫の君など、過ぐしたるもまだかたなりなるも、さまざまに、人より勝りてのみものし給ふ。




遣水など合流して、広場になって、趣ある蹴鞠の場所を求めて、出て行く。
太政大臣の若殿は、頭の弁、兵衛の佐、大夫の君など、年のいった者も、まだ幼い者も、それぞれに、他の人たちよりも、立派な方ばかりである。




やうやう暮れかかるに、風吹かずかしこき日なりと興じて、弁の君もえ静めず立ち交じれば、おとど「弁官もえをさめあへざめるを、上達部なりとも、若き衛府司たちは、などか乱れ給はざらむ。かばかりの齢にては、あやしく、見過ぐす、口惜しく覚えしわざなり。さるはいと軽々なりや、この事のさまよ」など宣ふに、大将も督の君も、皆おり給ひて、えならぬ花の蔭にさまよひ給ふ、夕映えいと清げなり。をさをさ、さまよく静かならぬ乱れごとなめれど、所がら人がらなりけり。ゆえある庭の木立のいたく霞みこめたるに、いろいろひも解きわたる花の木ども、わづかなる萌黄の蔭に、かくはかなきことなれど、良き悪しきけぢめあるを挑みつつ、われも劣らじと思ひ顔なる中に、衛門の督のかりそめに立ちまじり給へる足もとに、並ぶ人なかりけり。かたちいと清げに、なまめきたる様したる人の、用意いたくして、さすがに乱りがはしき、をかしく見ゆ。




だんだん、日が暮れかかるが、風がなくて、よい日だと面白がる。弁の君も、我慢できずに、仲間に入ったので、源氏は、弁官さえ落ち着いていられないらしい。上達部であろうとも、若い衛府の役人たちは、どうして飛び出して、遊ばないのか。皆の若さでは、不思議に、見ているだけでは、残念なこと。実のところ、全く、軽々しい。この遊びは、などと、おっしゃる。大将も、督の君も、お下がりになり、美しい桜の木陰で、蹴鞠をされる。夕日を受けた、姿が大変、美しい。
決して、体裁もよくなく、静かでもない、無作法な遊びであるが、それも、場所により、人によるものである。趣きある庭の木立の、霞が深く立ち込めた所に、色とりどりの蕾のほころぶ花の木、わずかに、芽の吹き出した柳の木陰に、このような、つまらない遊びであるが、上手下手の違いがある競争をして、自分も負けないという顔付きの中で、衛門の督が、ほんの少しばかり仲間入りされた蹴り方に、及ぶ者はいなかった。
容姿が大変に綺麗で、やさしい感じのした人が、心遣いも十分に、それでいて、活発なのは、見事である。




御階の間にあたれる桜の蔭によりて、人々、花の上も忘れて心に入れたるを、おどとも宮も、隅の高蘭に出でて御覧ず。




階段の柱間に面した、桜の木陰に集まり、誰もが、花のことも忘れて、熱心に、蹴鞠をしているのを、源氏も、兵部卿の宮も、隅の欄に出て、御覧になるのである。




いとらうある心ばへども見えて、かず多くなり行くに、上臈も乱れて、冠の額少しくつろぎたり、大将の君も、御位のほど思ふこそ例ならぬ乱りがはしさかなと覚ゆれ、見る目は人よりけに若くをかしげにて、桜の直衣のややなえたるに、指貫の裾つかた、少しふくみて、気色ばかり引き上げ給へり。かろがろしうも見えず、もの清げなるうちとけ姿に、花の雪のように降りかかれば、うち見上げて、しをたる枝少し押し折りて、御階の中のしなの程にい給ひぬ。




大変、巧みな技が数々と現れて、回が進んで行くにつれ、身分の高い人々も、礼儀構わず、冠の額際も、少し弛んできた。大将の君も、ご身分の高さを考えればこそ、いつにない、崩れ方だと、思われるが、見たところ、誰よりも、一段と若く立派である。桜襲の直衣の、やや柔らかくなったものに、指貫きの裾が、少し膨らんで、心持引き上げて、いらした。羽目を外しすぎたとも、見えない。こざっぱりした、くつろぎの姿に、花が雪のように降り掛かるので、ふと見上げて、たわんでいた枝を、少し折り、階段の中段に腰を掛けていらっしゃる。

何とも、風情のある、風景である。
これも、あはれなる、風景なのだ。


posted by 天山 at 07:18| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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