2014年12月26日

もののあわれについて715

源氏「これはまた具して奉るべき物侍り。今また聞え知らせ侍らむ」と、女御には聞え給ふ。その序に、源氏「今はかくいにしへの事をもたどり知り給ひぬれど、あなたの御心ばへをおろかに思しなすな。もとよりさるべき中、えさらぬ睦びよりも、横さまの人のなげのあはれをもかけ、ひとことの心寄せあるは、おぼろけの事にもあらず。まして、ここになど候ひ慣れ給ふを見るるも、はじめの心ざし変はらず、深くねんごろに思ひ聞えたるを、いにしへの世のたとへにも、「さこそうはべにははぐくみげなれ」とらうらうじきたどりあらむも賢きやうなれど、なほ誤りても、わがため下の心ゆがみたらむ人を、さも思ひ寄らずうらなからむためには、引き返しあはれに、いかでかかるにはと罪えがましきにも、思ひなほる事もあるべし。おぼろけの昔の世のあだならぬ人は、たがふふしぶしあれど、一人一人罪なき時には、おのづからもてなす例どもあるべかめり。さしもあるまじき事に、かどかどしく癖をつけ、愛敬なく人をもて離るる心あるは、いとうちとけ難く、思ひぐまなきわざになむあるべき。多くはあらねど、人の心の、とある様かかるおもむきを見るに、ゆえよしといひ、さまざまに口惜しからぬ際の、また取りたてて、わが後見に思ひ、まめまめしく選び思はむには、ありがたきわざになむ。ただまことに心のくせなくよき事は、この対をのみなむ、これをぞおいらかなる人と言ふべかりけるとなむ思ひ侍る。よしとて、またあまりひたたけて頼もしげなきも、いと口惜しや」とばかり宣ふに、かたへの人は思ひやられぬかし。




源氏は、これは、別に、一緒にして差し上げる物があります。そのうちに、お話しましょう。と、女御に申し上げる。
そのついでに、源氏は、もう、このように、姫君は、昔の事を、だいたいお分かりになったことですが、紫の上の、心遣いを、疎かにせぬように。元々、親子、夫婦の親しみよりも、他人が、かりそめの情けをかけたり、ちょっとした事で、好意を寄せるのは、並大抵のことではありません。まして、御方が、こちらに、いつもお付きして、おいでなのを、目にしながらも、最初の気持ちが変わらず、深く好意を寄せているのですから。昔から、世間での例を見ても、「あんな表面は可愛がっているが」と、頭が良さそうに、推量するのも、利口みたいだが、矢張り、間違いであっても、自分に対して、内心では、邪険な人を、それをそうとも気づかず、裏表なくしていたら、その子のために、放って、代わって、心を動かし、どうして、こんな子にと、罰が当りそうな気になり、改心することもありましょう。並々ならぬ仇敵ではない人は、意見の相違は、色々合っても、お互い、めいめいが、本当に罪が無い場合は、いつしか考え直す例もあります。
それほどでもないことに、角を立て、難癖をつけ、無愛想に、人を無視する性質の人は、仲良くなりにくく、同情のし甲斐がない。そう多くはないが、人の心の色々な様子や、動きを見ると、趣味とか、それぞれに、まんざらでもない、才能があるようです。誰でも、一人一人、得意な分野があり、取り得のないものもないが、といって、特に、自分の妻にと思って真面目に選ぼうとすれば、中々、見当たらないもの。本当に、気立ての良い、立派なところは、この紫の上だけを、穏やかな人と、言うべきだと思います。
立派な人と言っても、あまりに、締まり無く、頼り無いのも、残念なもの。と、だけおっしゃるが、もう一人の方はと、想像される。

女御は、明石の娘。
もう一方の方とは、女三の宮のこと。




源氏「そこにこそ少し物の心えてものし給ふめるを、いとよし。むつび交して、この御後見をも、同じ心にてものし給へ」など、しのびやかに宣ふ。明石「宣はせねど、いとありがたき御気色を見奉るままに、明け暮れの言種に聞え侍る。めざましきものになど思し許さざらむに、かうまで御覧じ知るべきにもあらぬを、かたはらいたきまで、かずまへ宣はすれば、かへりてはまばゆくさへなむ。数ならぬ身の、さすがに消えぬは、もて隠され奉りつつのみこそ」と聞え給へば、源氏「その御ためには、何の心ざしかはあらむ。ただこの御有様を、うち添ひてもえ見奉らぬおぼつかなさに、ゆづり聞えらるるなめり。それもまた、とりもちてけちえんになどあらぬ御もてなしどもに、万の事なのめに目安くなれば、いとなむ思ひなく嬉しき。はかなき事にて、物の心えずひがひがしき人は、立ち交らふにつけて、人のためさへ辛きことありかし。さなほし所なく、誰ももののし給ふめれば、心安くなむ」と宣ふにつけても、「さりや、よくこそ卑下しにけれ」など思ひ続け給ふ。
対へ渡り給ひぬ。




源氏は、あなたは、少し物の道理が解っていられるようなので、安心です。仲良くして、姫君のお世話も、心を合わせて、して下さい。などと、声をひそめて、おっしゃる。
明石は、仰せはなくとも、有り難いご好意を拝見しております。朝夕、口癖のように、申し上げております。こちらが、決まり悪くなるほどに、お目をかけて頂きますので、かえって、恥ずかしい気になります。つまらない私のような者が、兎も角、生きていますのは、世間の評判も、よろしくない気が引ける思いが、いたします。粗相のないように、お隠しいただいてばかりです。と、申し上げると、源氏は、あなたのために、好意があるのではない。ただ姫君のご様子を、始終付き添い、お世話する事の出来ないのが、気がかりで、あなたに、頼んでいるのだろう。それもまた、あなたが取り仕切って、親らしい扱いをしないために、何も穏やかで、体裁よくゆくので、とても安心して嬉しい。少ししたことでも、物の解らぬ、ひねくれ者は、仲間に入ると、傍の人まで、迷惑をかけることもある。そんな欠点はなくて、どちらもいられるので、安心だ。と、おっしゃるにつけ、その通り。よくここまで、謙遜して来た事だ、などと、御方は、思いなさる。
源氏は、対へお出でになった。

姫君の本当の母親が、世話をすることを、紫の上が考えて、そのようにしたことの話である。
明石が生んだ子を、紫の上が、引き取り、育てて、母親の身分よりも、高い身分となった、姫君である。




明石「さもいとやむごとなき御心ざしのみまさるめるかな。げにはた、人より殊に、かくしも具し給へる有様の、ことわりと見え給へるこそめでたけれ。宮の御方、うはべの御かしづきのみめでたくて、渡り給ふこともえなのめならざるは、かたじけなきわざなめりかし。同じ筋にはおはすれど、今ひとときは心苦しく」と、しりうごち聞え給ふにつけても、わが宿世はいとたけくぞ覚え給ひける。




明石は、あのように、紫の上を大事にされるお気持ちが、深まるばかりです。本当に、それは、紫の上が、誰よりも、あれほどに整っていらっしゃる方で、無理もないと見えますのが、ご立派です。宮の御方は、表向きの扱いばかりで、お出掛けになるのも、充分だといえないことも、勿体無いことです。紫の上と、三の宮は、同じ血筋でいらっしゃるけれど、一段とご身分が高くて、お気の毒です。と、陰口を申し上げるのも、自分の運命も、たいしたものだと、思うのである。




やむごとなきだに、思すさまにもあらざめる世に、まして立ちまじるべき覚えにしあらねば、すべて今は恨めしき節もなし。ただかのたえ籠りたる山住みを思ひやるのみぞ、あはれにおぼつかなき。尼君も、ただ「福地の園に種まきて」とやうなりし一言をうち頼みて、のちの世を思ひやりつつながめい給へり。




ご身分の高い宮でさえ、思い通りに行かないものなのに、まして、お仲間入りできるような身分ではないから、何もかも、これ以上、何の不足もありません。ただ、入道が世を捨てて、籠もった深山の生活を思いやるだけが、悲しくて、心配です。尼君も、「幸いの国めあてに、種をまいて」とあった、一言を、頼みに、後世のことを考えて、物思いに、沈んでいらした。

明石が、我が娘である、姫君に話して聞かせている。

あはれにおぼつかなき
悲しみと、心配の気持ちを、あはれ、と表現する。



posted by 天山 at 06:22| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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