2014年12月10日

国を愛して何が悪い165

私は7・8世紀の知識階級が、唐風と和風、漢詩文のしらべと歌のしらべと、そこに二重唱のようなものを内的に経験してきたのではいかと・・・
言わば知的混血によって鍛えられながら、新しい精神地帯を徐々に形成してきたわけだが、むろん文字による表現だけの問題ではない。
亀井勝一郎

その根底にあるものは、鎮魂、つまり、たまふり、たましづめ、そして、仏教に基づく、帰依、つまり、禅定、持戒、布施、智慧と、この二つの異質なものの、同時存在である。

ただし、そこには、対決、対話が発生していないのである。
それが、古代精神の特徴か・・・
いや、今も尚、日本人は、それが稀薄といえる。
これは、民族の特徴か。

例えば、結婚式は、チャペルで、葬式は仏式で、新年には、神社に詣でるという、不思議である。

この曖昧さ・・・
一種の、たゆたい、とも言える。

亀井は、
しかし相互影響のもとに、微妙な摩擦や受動的にすがたでの抵抗はあったと思う。
と、述べている。

そして、9世紀に入ると、歌集に代わり、漢詩集「凌雲集」「文華秀麗集」が、勅撰され、続けて、漢詩集「経国集」も、編纂される。

8世紀の奈良仏教が、衰退し、代わって、漢学を国政の精神的基軸に向けるのである。

あの、仏教国家の心意気が、見当たらないのである。

「文章は経国の大業」というのがその自覚であり、多くの官学私学と、おびただしい漢詩文の著作があらわれるのもこの時代からである。「万葉の時代」はまさに去ったのだ。しかし万葉集はどうなったのであろうか。
亀井

平安朝は、桓武、平城、嵯峨と続く。
その中で、平城天皇が、問題である。

在位三年で、退き、嵯峨朝の上皇となり、薬子の乱で、失脚する。
奈良への復帰を、強く望んでいた。

万葉集の最終編纂者としては、大伴家持が上げられているが、家持の没後、代わって、編纂を主宰したのは、平城天皇ではないかと、亀井は、言う。

古今真名序に「大同天子」、つまり平城天皇の時に成ったと書いてある。
それが本当なら、万葉集の最終的に成立したのは、平城天皇の時である。

漢詩集の興隆期に、他方では、万葉集の完成である。

その漢詩集の時代に、稀に、文字の無かった時代を忍ぶ者もいた。
要するに、文字のなかった時代の、口伝を省みず、漢文の虚飾を模倣し、浮ついたものとの意識である。

いつの時代も、昔、古き良き時代を忍ぶという、心が湧くものである。

それは、純粋な、やまと言葉の、しらべに対する、郷愁ともいえる。
しかし、やまと言葉が、滅びることはなかった。

ただし、表記する際に、漢字を利用して、表現するしか、方法が無いという・・・

亀井は、鋭く尽いている。
奈良朝から平安朝へ移るときの歌の作者たちは、しらべの保存だけではなく、創作に苦心しているうちに、漢字と漢音に対する無意識の「崩し」を経験しはじめたのではなかったか。

それは、一種の柔軟な、抵抗であると言える。
日本人らしい・・・

口伝口承を、漢字で表現しようとした過程を、仮に第一の言語革命期とよぶならば、ひらがなの成立は、第二の言語革命であったといってよかろう。
亀井

ひらがな、の成立は、後の日本語に決定的な影響を与えた。
つまり、現在の日本語の、有り様が、9世紀に決定したということだ。

9世紀の精神史に即して言うなら、前半の頂点は空海の出現であり、後半の重大事項はひらがなの成立だと言っても過言であるまい。
亀井

それは、また、漢字なくして、表れることが無かったものである。
ひらがな、は、漢字の、真名に対して、漢字の偏、画を崩して、生じたものである。
省略した時には、カタカナとなり、崩した時には、草がな、となる。

その、草がな、つまり、ひらがな、が、日本の精神を作り上げることになると、私は言う。

それは、誰が作ったのか、解らないのである。
私は、人々が、自然発生的に、そのように、作り上げたと言う。

漢詩文に熟達した当時の貴族や学者ではなく、女房や身分のやや低い人々、造型技術者等のあいだから、漢字の日常使用中に、次第にこうした変化が生じたのではないかと言われている。
亀井

まさに、その通りだろう。
だから、こそ、女房文学といわれる、平安期の文学が誕生した。
その代表が、世界初の物語、源氏物語である。

万葉集にも、古今集にも、読み人知らずの歌が、多数存在する。
その、人知らず・・・
それが、伝統を作り上げて行く様である。

強力な独裁支配ではなく、民衆の間から起こった、文化行為である。

それをまた、君主たる、天皇が、許し、受け入れている。

日本文化と、文明の特記すべきことは、民衆の間から、である。
天皇が、国民を、公宝、おうみたから、と呼ぶ国柄である。

日本は、アジアとは別の、文明圏を有する国である。
その証拠は、日本語にある。

言葉は、結局、民族の心であり、魂と、なるものである。



posted by 天山 at 07:35| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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