2014年12月09日

国を愛して何が悪い164

天平びとの典型を万葉集に即して選ぶならば、大伴家持を筆頭にあげることに異存はあるまい。
亀井勝一郎

私も、そのように思うし、家持がいなければ、あれほどの大作にならなかっただろう。
家持は、日本人の恩人である。

その完成は見なかっただろうが、家持がいてこそ、万葉集が残された。
もし、家持いなければ、部分的にしか、歌は残らなかっただろう。

その先祖、出生、成育、官歴などは、他の誰よりも、明らかにされている。
そして、万葉集の中にも、長短あわせて、500首に近い歌を収めている。
その数としては、唯一である。

人麿、憶良、赤人などに学び、父、旅人の影響を受け、更に、坂上郎女をはじめ、多くの才女に囲まれていた、名門の貴公子である。

人麿が、七世紀最後の人とすれば、家持は、八世紀最後の人と言えるのである。

彼の存在とは氏族における分離の終着点であったともいえる。
亀井

家持の先祖は、天孫降臨の際に、弓矢をとって、前駆した天押日命である。そして、代々、朝廷の守りに任じてきた、神別の武門である。

そういう神話の思い出をひきずりながら、人間としての哀歓を多様に歌いながら、自家の没落を眺めざるをえなかったところに彼の運命があった。
亀井

壬申の乱には、大伴吹負が天武側にあって、勲功をあらわし、その子が、安麿、そして、旅人、それから家持と、三代に渡り、万葉集に歌を残している。

後期万葉集の、大伴一族の歌集が出来るほどだ。

万葉集巻四を見ると、おびただしい、女流歌人が家持を中心に、現れる。
彼の叔母であり、少青年期時代の教育者として、最初に歌を教えたのは、大伴坂上郎女である。
それは、父、旅人の妹に当る。

その娘の、大嬢は、家持の妻になる。
その、相聞歌も多い。

また、彼との相聞歌は、多くの女性が存在する。
平安期の色好みとは違う、色好みの世界である。

天平五年、家持、17歳の時の歌である。
ふりさけて 三日月見れば 一目見し 人の眉引 おもほゆるかも

家持の情感が、すでに表れている。

万葉集には、相聞歌、恋の歌が実に多い。
人の口から口に伝えられた歌の数々を、家持が記録したのである。

さて、その生涯を俯瞰すると、家持が越中守として赴任したのは、天平18年である。
奈良に戻るまで、六年間を北陸の地で過ごした。
三十代の気鋭の時期であり、彼の歌が、多様に展開するのも、この時期である。

家持が出向いた場所に、歌のサロンが生まれたのだろう。

遊宴、叙景、相聞歌も多いが、弟の書持の死や、彼自身の病気の経験を通して、憶良風の生死への思索、家庭を思う情なども自作にとりいれようとした。漢文の序文や、漢詩を長歌に併せてつくったのも憶良の影響のあらわれであろう。
亀井

憶良と、家持を比較検討する時間はないが・・・
その環境、年齢の違いなどもあるが・・・

家持は、名門の出である。
「みやび」が出てくるのである。

憶良のように、生への毒々しいばかりの執着や死の恐怖や絶望は露出しない。
亀井

春の園 紅にほふ 桃の花 した照る道に 出で立つをとめ

朝床に 聞けば遥けし 射水河 朝漕ぎしつつ 唄ふ船人

この歌は、万葉集には無い、感覚、叙情である。

家持の場合、もうひとつ見逃しえない面は、最古の名門であるという誇りと、大伴家の後嗣としての族長意識である。・・・宮廷の守りに任じてきた名家としての自覚が時々あたまをもたげてくることだ。
亀井

その有名な歌・・・
海行ば 水漬く屍 山行ば 草生す屍 大君の 辺にこそ死なめ 顧みはせじ

当時の藤原家の陰謀、その勢力の伸張に対する、穏やかならぬ気持ち・・・
一族の大伴古慈が、淡海三船の讒言により、出雲守を解任された時、大伴家の危機意識が、強く見られる。

うらうらに 照れる春日に 雲雀あがり 情悲しも ひとりし思へば

家持独特の叙情である。

繊細に優美なしらべの背後にあるのは、理由のつかみえない生の不安と悲しみである。自然のうちに孤独感を託しつつ、言わば生の微妙性をこういうかたちで予情として打ち出した詩境は、やはり家持独自のものであろう。
亀井

その家持が、43歳以後、没するまで、歌を全く作らないのである。歌詠みせず、なのである。私は、それが不思議であり、謎である。

そこには、武将として、政治家としても、失敗した我が身の悲しみ、悲哀があったのか・・・

矢張り、不運だったのか。
名家の没落を、見た。
つまり、我が身の没落である。

亀井は、
もし歌を作っていたとするならば、その政治的挫折や衰退から、却って劇的な激しい歌が出来上がっていたかもしれない。
と、言うが・・・



posted by 天山 at 06:39| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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