2014年09月12日

もののあわれについて697

おとども見給うて、源氏「あはれなる御消息を、かしこまり聞え給へ」とて、御使ひにも、女房して、かはらけさし出でさせ給ひて、強ひさせ給ふ。
「御返りはいかが」など、聞えにくく思したれど、ことごとしく面白かるべき折りの事ならねば、ただ心をのべて、


背く世の 後めたさは さりがたき 絆をしひて かけな離れそ

などやうにぞあめりかし。
女の装束に、細長添へてかづけ給ふ。御手などのいとめでたきを、院御覧じて、何事もいと恥づかしげなめる辺りに、いはけなくて見え給ふらむこと、いと心苦しう思したり。




源氏も御覧になり、お気の毒な手紙だ。慎んで、お受け申し上げなさい、とおっしゃる。お使いの者にも、女房に命じて、酒盃を差し出し、何杯も勧める。
御返事は、どのようになど、申し上げにくく思いだが、大袈裟に風情を込める場ではないので、ただ思う心を述べて、

紫の上
お捨てになる、世の中がご心配なら、離れられないお方と、無理に離れることはございません。

などと、ある。女の御装束に、細長を添えて、使いの者に、お与えになる。
御筆跡などが、大変見事なものを、院が御覧になり、何事も優れている方の元で、子供っぽく思われていることだろうと、大変、心苦しく思うのである。




今はとて、女御更衣たちなど、おのがじし別れ給ふも、あはれなることなむ多かりける。
内侍のかんの君は、故后の宮のおはしましし、二条の宮に住み給ふ。姫宮の御事をおきては、この御事をなむかへりみがちに、帝も思したりける。「尼になりなむ」と思したれど、「かかるきほひには、慕ふやうに心あわただしく」と、諌め給ひて、やうやう仏の御事など急がせ給ふ。




もうこれまでと、女御更衣たちなどが、それぞれ別れて行くにつけても、悲しいことが多かった。
尚侍の君は、亡き后の宮が住んでいた、二条の宮にお住みになる。姫宮の御事を、除いては、この方のことを、気掛かりに思われる陛下も、思っていた。尼になろうとの、思いであるが、こういう騒ぎの中では、後を追うようで、気ぜわしいと、お止めになり、だんだんと、仏像を創らせることなどを、用意される。

内侍のかんの君、とは、朧月夜のことである。
皆々、院の後を追い、出家する様である。




六条のおとどは、あはれに飽かずのみ思してやみにし御あたりなれば、年頃も忘れがたく、いかならむ折りに対面あらむ。今一度あひ見て、その世のことも聞えまほしくのみ思し渡るを、かたみに世の聞き耳も憚り給ふべき身の程に、いとほしげなりし世の騒ぎなども、思し出でらるれば、よろづにつつみ過ぐし給ひけるを、かうのどやかになり給ひて、世の中を思ひ静まり給ふらむ頃ほひの御有様、いよいよゆかしく心もとなければ、あるまじき事とは思しながら、大方の御とぶらひにことつけて、あはれなる様に常に聞え給ふ。




六条の殿様、源氏は、愛おしく、また不満足のうちに、途絶えてしまったお方のことだから、長年忘れられず、どういう機会に会えるだろう。もう一度、顔を見て、あの頃のことも、話したいと、ひとえに思い続けていらしたが、お互いに、世間の噂を遠慮しなければならない、身分であり、可愛そうにと思った、当時の騒ぎなども、つい心に浮かんで、何事も、心に秘めていらした。こういう自由の身になり、愛情関係は、お捨てになったであろう、この頃のご様子が、いっそう、知りたくなり、けしからぬ事と思っても、特別な意味はないお見舞いにかこつけて、心打つ手紙を、差し上げる。

あはれに飽かずのみ
あはれなる様に
それぞれ、心境を語る、あはれ、である。

朧月夜に対する、源氏の思いである。




若々しかるべき御あはひならねば、御返りも時々につけて聞え交し給ふ。昔よりもこよなくうち具し、整ひはてにたる御気配を見給ふにも、なほ忍び難くて、昔の中納言の君のもとにも、心深きことどもを常に宣ふ。かの人の兄なる和泉の前の守を召しよせて、若々しく、古へにかへりて語らひ給ふ。源氏「人づてならで、物越しに聞え知らすべきことなむある。さりぬべく聞えなびかして、いみじく忍びて参らむ。今はさやうのありきも所せき身の程に、おぼろけならず忍ぶれば、そこにもまた人には漏らし給はじ、と思ふに、かたみに後安くなむ」など、宣ふ。




若いといえるお二方でもないことから、ご返事も、時に応じて、やり取りされる。昔より、ずっと立派になり、円熟したご様子と御覧になるにつけても、矢張り、我慢が出来ず、昔仲を取り持った、中納言の君のところにも、切ない気持ちを、いつも仰せられる。その人の、兄でもある、前の和泉守をお召しになって、若者のように、昔にかえって、頼みこむのである。
源氏は、取次ぎなしで、物越しに申し上げなければならないことがある。うまく、承知していただいて欲しい。こっそりと、お伺いしょう。今は、そのような忍び歩きも、難しい身分で、兎に角、秘密だから、そなたも、他人には、話さないと思うゆえ、お互いに安心だ。などと、おっしゃる。

また源氏の、秘密の逢引である。
まだまだ、源氏の、御歩きは、止まないようだ。




posted by 天山 at 06:19| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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