2014年05月03日

もののあわれについて672

池の魚を左の少将取り、蔵人所の鷹飼の、北野に狩り仕うまつれる鳥ひとつがいひを、右の佐捧げて、寝殿の東よりお前に出でて、御階の左右に膝をつきて奏す。太政大臣仰せ言賜ひて、調じて御膳に参る。皇子達、上達部などの御設けも、珍しき様に、常の事どもを変へて仕うまつらせ給へり。皆御酔になりて、暮れかかる程に楽所の人召す。わざとの大楽にはあらず、なまめかしき程に、殿上の童べ舞仕うまつる。朱雀院の紅葉の賀、例の古事思し出でらる。賀王恩といふものを奏する程に、太政大臣の御をとこの十ばかりなる、切に面白う舞ふ。内の帝、御衣ぬぎて賜ふ。太政大臣おりて舞踏し給ふ。




池の魚を、左の少将が受け取り、蔵人所の鷹飼が、北野で狩りをして、奉る鳥の一つがいを、右の佐が捧げて、寝殿の東から、御前の左右に膝をついて、その由を奏上する。
太政大臣が、帝の仰せを賜り、その魚と、鳥を調理させて、御膳に差し上げる。
皇子達、上達部などのご馳走も、珍しい趣向を凝らし、普段とは目先を変えて、差し上げた。皆、酔いになり、暮れる時分に、楽所の人をお呼びになる。大げさな大楽ではなく、優美に奏して、殿上童が、舞を御覧にいれる。
朱雀院の紅葉の賀のこと、例によって、昔の事が、思い出される。賀王恩という曲を奏する時に、太政大臣の令息の十歳くらいの男の子が、とても上手に舞う。今上陛下が、御衣を脱いで、お与えになる。太政大臣は、庭に下りて、お礼の拝舞をされる。




あるじの院、菊を折らせ給ひて、青海波の折りを思し出づ。

源氏
色まさる 雛の菊も 折り折りに 袖うちかけし 秋を恋ふらし

大臣、その折りは同じ舞ひに立ち並び聞え給ひしを、我も人にはすぐれ給へる身ながら、なほこの際はこよなかりける程思し知らる。しぐれ、折り知り顔なり。

太政大臣
紫の 雲にまがへる 菊の花 濁りなき世の 星かとぞ見る

時こそありけれ」と聞え給ふ。




主人である、六条の院、源氏は、菊を折らせて、青海波を舞った折りのことを思い出した。

源氏
濃く色付いた菊も、立身した大臣も、時々は、袖をうちかけて舞いを舞った、あの秋を、恋しく思っていることだ。

太政大臣は、あの折りは、同じ舞を、ご一緒して、舞ったものを、自分も、人には勝った身ではあるが、矢張り、この院のご身分は、この上もないものであったと、解る。
時雨が、時知り顔に降ってきた。

内大臣
尊い紫雲とも見紛う、菊の花。あなたさまは、濁りなく、澄んだ今の御世の、星かと、思い、見上げております。

今は、また一段と、お栄えになりまして、と申し上げる。




夕風の吹きしく紅葉の色々、濃き薄き、錦を敷きたる渡殿の上見え紛ふ庭の面に、すがたをかしき童べの、やむごとなき家の子どもなどにて、青き赤き白つるばみ、蘇芳、葡萄染など、常のごと、例のみづらに、額ばかりの気色を見せて、短きものどもをほのかに舞ひつつ、紅葉の陰に帰り入る程、日の暮るるもいとほしげなり。楽所などおどろおどろしくはせず、上の御遊び始まりて、書の司の御琴ども召す。




夕風が吹き落とした、紅葉の、様々の色、濃く薄く、錦を敷いた渡殿の上と、見紛うほどの庭の面に、姿も可愛い童の、高い身分の家の子どもなど、青と、赤の、しらつるみに、それぞれつけた蘇芳と、葡萄染めの下襲など、いつも通りで、例により、みずらに結って、天冠をつけた額だけの、唐風を見せて、短い曲など、少し舞いつつ、紅葉の陰に帰って行くのは、日が暮れるのが、惜しいほどに思われる。学所など、仰々しくはせず、上の御遊びが始まり、書の司の色々な、琴を取り寄せになられる。




ものの興せちなる程に、御前に皆御琴ども参れり。宇陀の法師の変はらぬ声も、朱雀院は、いと珍しくあはれに聞し召す。

朱雀院
秋を経て 時雨降りぬる 里人も かかる紅葉の 折りをこそ見ね

恨めしげにぞ思したるや。帝、

世の常の 紅葉とや見る 古への 例に引ける 庭の錦を

と聞え知らせ給ふ。

御容豹いよいよねび整ほり給ひて、ただ一つ物と見えさせ給ふを、中納言の侍ひ給ふが、ことごとならぬこそめざましかめれ。あてにめでたき気配や、思ひなしに劣りまさらむ、あざやかに匂はしき所は、添ひてさへ見ゆ。笛仕うまつり給ふ。いと面白し。唱歌の殿上人、御階に侍ふ中に、弁の少将の声すぐれたり。なほさるべきにこそと見えたる御中らひなめり。




興が、益々乗ってきた頃、お三方の御前に、それぞれお琴を差し上げた。名器宇陀の法師の、少しも変わらぬ音色も、朱雀院は、久しぶりで、あはれに、聞かれる。

朱雀院
幾たびの秋を過ごし、時雨と共に年老いた田舎者も、このような美しい紅葉の時節に会ったことがありません。

と、恨めしく思いなのでしょうか。陛下は、


世の常の、紅葉と思い、御覧になるのですか。昔の御世の先例に倣った、今日の宴の紅葉の錦を。

と、説明申し上げる。お顔立ちは、益々ご立派に、年と共に整い、源氏とそっくり、瓜二つと見えられるのに、中納言が、御前に控えているのが、また別々のお顔とも思えないのには、目を見張らされる。
帝と比べて、気高い美しさは、思いなしか劣っているにせよ、目の覚めるような、つややかさは、中納言の方にあると、思われる。笛を賜ってお吹きになるのが、たいそう面白い。唱歌の殿上人が、階段に控えて歌う中で、弁の少将の声が優れている。
矢張り、このように、優れた方々ばかり揃う、御両家なのでしょう。

いと珍しくあはれに聞し召す
とても珍しく、あはれ、しみじみと、深い思いで、聴くのである。

あはれ、という言葉を、しみじみと、という意味のみで、解決するのは、軽率である。
試験の解答ではない。

過去、現在、未来の複雑な心境をも、表現する、心象風景なのである。

藤裏葉を、終わる。



posted by 天山 at 05:38| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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