2014年04月09日

もののあわれについて666

六条の大臣も、かくと聞し召してけり。宰相、常よりも光り添ひて参り給へれば、うち守り給ひて、源氏「今朝はいかに。文などものしつや。さかしき人も、女の節には乱るる例あるを、人わろくかかづらひ、心いられせで過ぐされたるなむ、少し人にぬけたりける御心と覚えける。大臣の御掟の、余りすくみて、名残なくくづほれ給ひぬるを、世の人も言ひ出づる事あらむや。さりとても、わが方たけう思ひ顔に心おごりして、すきずきしき心ばへなど漏らし給ふな。さこそおいらかに大きなる心掟と見ゆれど、下の心ばへををしからず癖ありて、人見えにくき所つき給へる人なり」など、例の教へ聞え給ふ。ことうちあひ目安き御間と思さる。御子とも見えず、少しが兄ばかりと見え給ふ。ほかほかにては、同じ顔を写し取りたると見ゆるを、お前にては、様々あなめでたと見え給へり。大臣は、薄き御直衣、白き御衣の唐めきたるが、紋けざやかに艶々と透きたるを奉りて、なほ尽きせずあてに、なまめかしうおはします。宰相殿は、少し色深き御直衣に、丁子染の焦がるるまで染める、白き綾のなつかしきを着給へる、ことさらめきてえんに見ゆ。




六条の大臣、源氏も、このことを耳にされた。
宰相が、いつもよりも、美しさが増して、参上されたので、じっと見守り、今朝は、どうだ。手紙など上げたのか。賢い人でも、女の事では、失敗することもある。みっともないほど、拘ったり、じれたりせずに、今日に及んだのは、少しは、人より優れていると思った。大臣のされ方は、あまり窮屈で、今になって、すっかり折れてしまったのを、世間の人も、何かと噂することだろう。そうであっても、自分の方が、偉い顔をして、いい気になって、浮気心をおこさないように。あれほど、おっとりと寛大な性格に見受けられるが、内心は、男らしくないところがあり、付き合いにくいところも、ある人だ。などと、いつものように、教訓される。
丁度似合の夫婦だと、思われるのである。お子様とも見えず、ほんの少し年長と見える。別々だと、同じ顔を、もう一つ作ったように見えるが、御前だと、それぞれ立派な方だと、見えるのである。
大臣は、薄肌色の御直衣に、白い唐織りめいた御衣で、紋様がしっかりとして、艶やかに透けているのを、お召しになり、今も、この上なく、上品でいられる。宰相殿は、少し色の濃い御直衣に、丁子染めで、茶色がかかるほど染めたものと、白い綾の美しいものを、お召しになっているのは、いかにも、花婿らしくて、美しく見える。

最後は、作者の言葉。

常よりも 光り添ひて
これは、美しいことの、最高表現である。
幸福感、満足感と、自信と誇りと、解説にはある。

つまり、夕霧は、雲居の雁と、結ばれたのである。



posted by 天山 at 05:53| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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