2014年04月08日

もののあわれについて665

中将、「花の陰の旅寝よ。いかにぞや。苦しきしるべにぞ侍るや」と言へば、夕霧「松に契れるは、あだなる花かは。ゆゆしや」と責め給ふ。中将は心のうちに、妬のわざやと思ふ所あれど、人ざまの思ふ様にめでたきに、かうもあり果てなむ、と心寄せ渡る事なれば、うしろやすく導きつ。




中将が、花の陰の旅寝ですね。どうしたものか、辛い案内役です。と言うと、夕霧は、松と約束したのは、浮気な花ですか。そんなことは無い。縁起でもないこと。と、責める。中将は、心の中に、しゃくなことと思うことはあるが、人柄が理想的なので、このようになって欲しいと、好意を寄せていたことである。安心して、案内した。




男君は、夢かと覚え給ふにも、わが身いとどいつかしうぞ覚え給ひけむかし。女は、いと恥づかしと思ひしみてものし給ふも、ねびまされる御有様、いとど飽かぬ所なく目安し。夕霧「世の例にもなりぬべかりつる身を、心もてこそかうまでも思し許さるめれ。あはれを知り給はぬも、様異なるわざかな」と、恨み聞え給ふ。夕霧「少将の進み出だしつる、葦垣のおもむきは、耳とどめ給ひつや。いたき主かなな。「河口の」とこそ、さし答へまほしかりつれ」と宣へば、女いと聞き苦しと思して、


浅き名を 言ひ流しける 河口は いかが漏らしし 関の荒垣

あさまし」と宣ふ様、いとこめきたり。少しうち笑ひて、

夕霧
漏りにける くだきの関を 河口の 浅きのみは おほせざらなむ

年月の積りも、いとわりなくて悩ましきに、物覚えず」と、酔ひにかこちて苦しげにもてなして、明くるも知らず顔なり。人々聞えわづらふを、大臣、「したり顔なる朝寝かな」と、とがめ給ふ。されど、明かし果てでぞ出で給ふ。ねくたれの御朝顔、見るかひありかし。




男君、夕霧は、夢ではないかと、思うにつけても、自分のことを、いっそう、偉い者に、思うことだろう。
女、雲居の雁は、深く恥ずかしいと思い込むが、年と共に美しくなった、お姿は、いよいよ不足なところもなく、見事である。
夕霧は、世間の話の種にもなりそうだった身を、私の心がけゆえにこそ、ここまでも、お許しいただけたのでしょう。それなのに、情けを解して下さらないとは、風変わりなされようです。と、恨み言を申し上げる。そして、少将が進んで謡った、葦垣の歌の意味は、お分かりでしたか。酷い男だ。「河口の」と、言い返したかった、と、おっしゃると、女は、聞いていられない思いになり、


あなたの、お口は、軽々しい名を言い流した、河口です。どうして、漏らされたのですか。

あんまりです。と、おっしゃる様子が、とても子供っぽい。少し笑い、

夕霧
浮名は、くだきの関の、父大臣の隙から漏れたのに、河口の軽さのせいにばかりしないで下さい。

長い年月の苦労も、この上なく、辛く胸苦しくて、今は何もわかりません。と、酔いにかこつけて、苦しそうに、振る舞い、夜の明けるのも知らない顔である。
女房たちが、起こすことが出来ず、困っていると、大臣が、いい気になって、朝寝だなと、なじるのである。とはいえ、夜を明かし切ってしまわずに、帰られる。
寝乱れの顔は、見る甲斐のあったこと。

最初と、最後は、作者の言葉。

河口とは、伊勢国と、伊賀国の通路に当たる。
浅き、流し、は、河口の縁語である。

くだきの関、とは、川口の、別名。
ここでは、内大臣を暗に指す。




御文は、なほ忍びたりつる様の心づかひにてあるを、なかなか今日はえ聞え給はぬを、ものいひさがなき御達つきじろふに、大臣渡りて見給ふぞ、いとわりなきや。夕霧「つきせざりつる御気色に、いとど思ひ知らるる身の程を、堪へぬ心にまた消えぬべきも、

咎むなよ 忍びに絞る 手もたゆみ 今日はあらはる 袖の雫を

などいと馴れ顔なり。うちえみて、内大臣「手をいみじうも書きなられにけるかな」など宣ふも、昔の名残りなし。御返りいと出で来難げなれば、内大臣「見苦しや」とて、さも思し憚りぬべき事なれば、渡り給ひぬ。御使の禄、なべてならぬ様にて賜へり。中将、をかしき様にもてなし給ふ。常に引き隠しつつ隠ろへありきし御使、今日は面もちなど人々しくふるまふめり。右近の丞なる人の、むつまじう思し使ひ給ふなりけり。




お手紙は、今も変わらず、人目を忍ぶ方法で来たが、かえって今日は、お返事を書けずにいる。口の悪い女房達が、目引き袖引きしているところへ、大臣がお出でになり、御覧になるとは、酷いこと。
夕霧は、すっきりと、打ち解けてくれなかった様子から、今まで以上に、我が身の程を思い知らされて、堪えきれない気持ちで、また死んでしまいたいと思うが、

咎めてくださるな。人目忍んで、絞っていた手も、だるくなり、今日は、人目につくほどの袖の雫なのだ。

など、我が物扱いである。にっこりして、大臣は、字が大変上手になられた。など、おっしゃるのも、昔の事は、忘れている。お返事が出来そうにないので、内大臣は、恰好が悪い、とおっしゃるが、遠慮するのも、無理の無いことで、あちらに行かれる。使者に対する、お礼は、並々ではなく整えて、与える。中将が、見事なもてなしをされる。いつも手紙を隠して、うろついていた使者が、今日は、顔つきも一人前に、振舞っている様子。右近の丞という人で、親しく思い通りに、お使いになる者だった。

今日あらはるる 袖の雫を とがむなよ
絞るは、袖の雫、つまり、涙である。

いと馴れ顔なり
普通の後朝の歌より、少し、あつかましいのである。
夕霧の自信である。




posted by 天山 at 05:08| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。