2014年04月07日

もののあわれについて664

月は差し出でぬれど、花の色さだかにも見えぬ程なるを、もてあそぶに心を寄せて、大御酒参り、御遊びなどし給ふ。大臣、程なく空酔ひをし給ひて、乱りがはしく強ひ酔はし給ふを、さる心していたうすまひ悩めり。大臣「君は、末の世には余るまで天の下の有職にものし給ふめるを、齢旧りぬる人思ひ捨て給ふなむ辛かりける。文籍にも家礼といふ事あるべくや。なにがしの教へもよく思し知るらむと思ひ給ふるを、いたう心悩まし給ふと、恨み聞ゆべくなむ」など宣ひて、酔ひ泣きにや、をかしき程に気色ばみ給ふ。夕霧「いかでか。昔を思う給へ出づる御代りどもには、身を捨つる様にもとこそ思ひ給へ知り侍るを、いかに御覧じなす事にか侍らむ。もとよりおろかなる心のおこたりにこそ」と、かしこまり聞え給ふ。御時よくさうどきて、「藤の裏葉の」と、うち誦し給へる、御気色を賜はりて、頭の中将、花の色濃く殊に房長きを折りて、客人の御盃に加ふ。取りてもて悩むに、大臣、

内大臣
紫に かごとはかけむ 藤の花 まつより過ぎて うれたけれども

宰相、盃を持ちながら、気色ばかり拝し奉り給へる様、いと由あり。

夕霧
幾かへり 露けき春を 過ぐし来て 花のひもとく 折りに会ふらむ

頭の中将に賜へば、

宰相
たをやめの 袖にまがへる 藤の花 見る人からや 色もまさらむ

次々ずん流るめれど、酔の紛れにはかばかしからで、これよりまさらず。




月は、昇ったが、藤の花の色の、はっきりと見えない時間であるのに、花を愛でる様子をして、御酒を召し、合奏などをされる。大臣は、間もなく、空酔いをされて、遠慮して、無理強いをして、酔わせようとするのを、夕霧は用心して、断るのに大変である。
大臣は、あなたは、この末の世には、出来すぎているほど、天下の有職でいらっしゃるようだ。年を取った人を、見捨てるとは、つれない。書物にも、家礼ということがあるはず。聖人の教えも、よくご存知のはずだと、思っているのに、酷く辛い思いをさせると、お恨み申したい、などと、おっしゃり、酔い泣きのような、様子よく意中をほのめかす。
夕霧は、どうして、そのような。今は、亡き方を思い出す、お身代わりとして、我が身を捨ててもとまで、心に決めております。それを何と御覧になってのことでしょう。もとから、うかつな心の至らぬゆうでしょうが、と、お詫びを申し上げる。
頃合いを見て、はやし立て、藤の裏葉のと、内大臣が、謡う。その心を見て、頭の中将は、花の色の濃い房の枝を折り、客人の盃に、加える。受け取って、もて余していると、大臣が、

内大臣
藤の花の、紫に事寄せて、免じましょう。あなたを待つうちに、月日が、過ぎてしまい、いまいましいけれど。

宰相が、盃を持ったまま、しるしばかりを、拝する様子は、とても上品である。

夕霧
幾度も、露じみた春を過ごしてきて、やっと、今お許しを受けて、花開く楽しい春に、会うことができました。

夕霧が、頭の中将に、盃を差し上げると、

中将

うら若い、女の袖に、見違える藤の花は、見る人の立派なことに、一層、美しさも、勝ることでしょう。

次々と流れる盃に、順々に、歌を詠み添えたらしいが、酔いの乱れに、大したこともなく、これより、優れていません。

夕霧の歌にある、
花のひもとく 折りに会ふらむ
ひもとく、とは、花の咲くことと、女が許すことを、かける。

そして、中将の歌にある
藤の花、は、雲居の雁を指す。

見る人からや 色もまさらむ
この、見る人、とは、夕霧のことである。

最後の、これよりまさらず、とは、作者の言葉。




七日の夕月夜影ほのかなるに、池の鏡のどかに澄み渡れり。げに、まだほのかなる梢どもの、さうざうしき頃なるに、いたう気色ばみ横たはれる松の木高き程にはあらぬに、かかれる花の様、世の常ならず面白し。例の弁の少将、声いとなつかしくて、葦垣を謡ふ。大臣「いとけやけうも仕うまつるかな」とうち乱れ給ひて、「年経にけるこの家の」とうち加へ給へる、御声いと面白し。をかしき程に乱りがはしき御遊びにて、物思ひ残らずなりぬめり。やうやう夜更け行く程に、いたう空悩みして、夕霧「乱り心地いと堪へがたうて、まかでむ空もほとほとしうこそ侍りぬべけれ。宿直所譲り給ひてむや」と、中将に憂へ給ふ。大臣「朝臣や。御休み所求めよ。翁いたう酔ひ進みて無礼なれば、まかり入りぬ」と、言ひ捨てて入り給ひぬ。




七日の、夕月夜の、月影がうっすらと差し、池の面に月を映して、のどかに、澄み渡っている。
歌に詠まれた通り、まだ葉のまばらな梢の、葉のない頃なのに、大変気取って、横たわる松の、木高いというほどでもないのに、絡んでいる花の様子は、普通ではなく、面白い。いつもの通り、弁の少将が、柔らかな声で、葦垣を謡う。大臣は、変わったものを謡うのもだ、と、注意する。古く続いたこの家の、と添えて謡う声が、素晴らしい。
趣がある程度に、羽目を外した遊びで、わだかまりは、跡形も無く、消えたようだ。次第に更け行く時分に、夕霧は、酷く酔った振りをして、気分が悪くて、こらえられず、帰り道も危なくなりました。泊まる場所をお貸しくださいませんか、と中将に訴える。大臣は、朝臣や、お休みになる場所を、お探しせい。爺は、酷く酔い過ぎて、失礼だから、引っ込むと、言い捨てて、お入りになられた。

遂に、夕霧は、雲居の雁と、共寝の機会が、訪れたのである。
ここまでに至るまで、色々なことが、あった。
物語と共に、読者も、安堵する。




posted by 天山 at 06:20| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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