2014年04月06日

もののあわれについて663

ここらの年頃の思ひのしるしにや、かの大臣も、名残りなく思し弱りて、はかなきついでの、わざとはなくさすがにつきづきしからむを思すに、四月ついたち頃、御前の藤の花、いと面白う咲き乱れて、世の常の色ならず。ただに見過ぐさむ事惜しき盛りなるに、遊びなどし給ひて、暮れ行く程のいとど色まされるに、頭の中将して御消息あり。内大臣「一日の花の陰の対面の、飽かず覚え侍りしを、御暇あらば、立ち寄り給ひなむや」とあり。御文には、
内大臣 
わが宿の 藤の色濃き たそがれに 尋ねやは来ぬ 春の名残を

げにいと面白き枝に付け給へり。待ちつけ給へるも、心ときめきせられて、かしこまり聞え給ふ。

夕霧
なかなかに 折りや惑はむ 藤の花 たそがれ時の たどたどしくは

と聞えて、夕霧「口惜しくこそ臆しにけれ。取り直し給へよ」と聞え給ふ。頭の中将「御供にこそ」と、宣へば、夕霧「わづらはしき随身は否」とて、返しつ。




長年に渡る、思いのかいがあり、あの内大臣も、気が弱くなり、ちょっとしたことで、特別に、改まったことではなく、それでいて、適当なことはないかと、思っていると、四月上旬に、庭の藤の花が、美しく咲き乱れて、そこらにある、花の色ではない。そのままにしておくには、惜しい花盛りなので、音楽会などされて、夕方になるにつれて、藤の花が、益々と美しくなるので、頭の中将に、持たせて、お手紙があった。
内大臣は、先日の木の元でお逢いしましたが、飽き足りない思いがして、お時間がありましたら、お立ち寄り下さいませんか、と書いてある。お手紙には、
内大臣
家の庭の、藤の花が、濃い今日の夕方、お出掛けくださいませんか。暮れ行く春を惜しむように。

いかにも、見事な花の枝に、お付けになっている。お手紙を待っていた夕霧も、どきどきして、丁寧に挨拶される。

夕霧
なかなか、藤の花を折ることも出来ず、迷うでしょう。薄暗い時の、はっきりしない頃には。

と、申し上げて、夕霧は、残念なほどに、気後れしました。適当に直してください、と、おっしゃる。頭の中将は、御供しましょうと、おっしゃるので、夕霧は、面倒な随身は、お断りします。と言い、帰した。

なかなかに 折りや惑はむ 藤の花・・・
これは、雲居の雁を指している。




大臣のお前に、かくなむ、とて御覧ぜさせ給ふ。源氏「思ふやうありてものし給へるにやあらむ。さも進みものし給はばこそは、過ぎにし方のけうなかりし恨みも解けめ」と、宣ふ。御心おごり、こよなう妬げなり。夕霧「さしも侍らじ。対の前の藤、常よりも面白う咲きて侍るなるを、静かなる頃ほひなれば、遊びせむなどにや侍らむ」と、申し給ふ。源氏「わざと使ひさされたりけるを、早うものし給へ」と、許し給ふ。いかならむ、と下には苦しう、ただならず。源氏「直衣こそ余り濃くて、軽びためれ。非参議の程、何となき若人こそ、二藍はよけれ。ひき繕はむや」とて、わが御料の心ことなるに、えならぬ御衣ども具して、御供に持たせて奉れ給ふ。




夕霧は、父の大臣の御前で、こういうお手紙がありました、と、お目にかける。
源氏は、考えがあってのことだろう。そのように、はっきりと、出て来てくだされば、昔の不孝への、私の恨みも解ける、と、おっしゃる。そのご威勢は、何とも憎いほどである。夕霧は、そんなことでは、ありますまい。対の屋の、前の藤の花が、例年よりも、綺麗に咲いているようです。暇な時ですから、音楽会でもやろうというのでございましょう。と、申し上げる。
源氏は、わざわざ使いを向けられたのだから、早く、出かけなさい。と、お許しになる。だが、どんなことだろうと、内心は苦しく、穏やかではない。更に源氏は、直衣が濃すぎて、身分が軽く見られる。参議になっていない頃や、取り立てた官位のない若い者なら、二藍がよいだろうが、一つ、おめかしをするか。と、ご自分のお召し物の、格別に見事なものなのを、並々ではない、下着を何枚も取り揃えて、お供に、持たせた。




わが御方にて、心づかひいみじうけさうじて、たそがれも過ぎ、心やましき程に参うで給へり。あるじの君達、中将を初めて、七八人うち連れて迎へ入れ奉る。いづれとなくをかしき容貌どもなれど、なほ人にすぐれて、あざやかに清らかなるものから、なつかしう由づき恥づかしげなり。大臣おまし引き繕はせなどし給ふ。御用意おろかならず。御かうぶりなどし給ひて出で給ふとて、北の方、若き女房などに、大臣「覗きて見給へ。いとかうざくにねびまさる人なり。用意などいと静かに、ものものしや。あざやかにぬけ出でおよずけたる方は、父大臣にもまさりざまにこそあめれ。かれはただいと切になまめかしう愛敬づきて、見るに笑ましく、世の中忘るる心地ぞし給ふ。公ざまは、少したはれて、あざれたる方なりし、ことわりぞかし。これは才の際もまさり、心もちい男々しく、すくよかに足らひたりと、世に覚えためり」など宣ひてぞ対面し給ふ。ものまめやかにうべうべしき御物語は少しばかりにて、花の興に移り給ひぬ。大臣「春の花何れとなく、皆開け出づる色ごとに、目驚かぬはなきを、心短くうち捨てて散りぬるが、恨めしう覚ゆる頃ほひ、この花の一人立ちおくれて、夏に咲きかかるほどなむ、あやしう心にくくあはれに覚え侍る。色もはた、なつかしき縁にしつべし」とて、うちほほえみ給へる、気色ありて、匂ひ清げなり。




自分の部屋にて、念入りに、整え、夕暮れ過ぎて、あちらが気を揉む頃に、お出掛けになった。
主人側の君達が、中将をはじめとして、七、八人うち揃い、お迎えして、案内する。誰も、皆綺麗な顔立ちをしているが、矢張り、夕霧は誰よりも優れて、水際立って、美しいだけではなく、優しく気品があり、気後れを感じさせる。
大臣は、お席を整えさせ、直させたりしている。お迎えの準備は、皆々ではない。内大臣は、冠などをつけて、お出になろうとして、北の方や、若い女房などに、内大臣は、覗いて御覧。全く立派に年々なってゆく人だ。動作など、大変に落ち着き、堂々としている。際立って、抜きん出て人物が出来ているのは、父大臣にも、勝っているようだ。源氏は、ただただ非常に美しくして、愛敬があり、逢うと、微笑みたくなり、世の中の事を忘れる気持ちにさせる。公式の場では、少し砕けて、柔らかい方であったのは、無理もないこと。夕霧は、学問の程度もすぐれ、心構えも男らしく、しっかりしていて、申し分がないと、世間では、思っている。などと、おっしゃり、対面される。
真面目で、固いお話は、少しだけして、花の面白さに、移られた。
内大臣は、春の花は、どれも皆、咲き出る色の一つ一つ、いずれも見て驚かないが、夏まで咲いているところが、不思議に、奥ゆかしく、心にしみて思われます。色もまた紫で、懐かしい、ゆかりに、できようと思えまして、と言って、微笑みを浮かべているのが、趣があり、つややかで、美しい。

あやしう心にくくあはれに覚え侍る・・・
妖しく、不思議に、あはれ、に感じるという意味として、現代に訳せる。

心にくく・・・
とは、現在も使用する言葉だ。

色もはた、なつかしき縁にしつべし・・・
なつかしき、ゆかり、に出来る・・・

美しい日本語の原点である。



posted by 天山 at 07:17| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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