2014年03月09日

もののあわれについて657

東宮の御元服は、二十よひの程になむありける。いとおとなしくおはしませば、人の、女ども競ひ参らすべき事を、心ざし思すなれど、この殿の思しきざすさまのいとことなれば、なかなかにてや交じらはむ、と左の大臣なども、思し止まるなるを、聞し召して、源氏「いとたいだいしき事なり。宮仕への筋は、あまたある中に、少しのけぢめをいどまむこそ、本意ならめ。そこらのきやうざくの姫君たち、引きこめられなば、世に映えあらじ」と、宣ひて、御参り延びぬ。次々にもと静め給ひけるを、かかる由、所々に聞き給ひて、左大臣殿の三の君参り給ひぬ。麗景殿と聞ゆ。




東宮の御元服は、二月二十日過ぎの頃だった。
大変、大人であるから、人々が、競争して、入内させることを、希望しているが、源氏は、予定されている様が、大変格別なので、しない方がましだというような宮仕えになろうかと、左大臣なども、中止される考えだということを、お耳にして、大変、けしからぬことだ。入内というものは、沢山いる中で、わずかの優劣の差を張り合うのが本当だろう。多くの優れた姫君たちが、引っ込めされるのだと、姫を持ったかいがない。と、おっしゃり、姫君の入内は、延期になった。
明石の姫君入内のあと、次々にと、差し控えていたが、このような事情を、あちらの方が聞いて、左大臣家の三の君が、入内された。
麗景殿と、申し上げる。

東宮とは、朱雀院の皇子。
源氏は、明石の姫君を入内させたい、考えである。つまり、それは、皇后にしたいということである。




この御方は、昔の宿泊所淑景舎を改めしつらひて、御参り延びぬるを、宮にも心もとながらせ給へば、四月にと定めさせ給ふ。御調度どもも、もとあるよりも整へて、御自らも、ものの下形、絵模様などをも御覧じ入れつつ、すぐれたる道々の上手どもを召し集めて、細かに磨き整へさせ給ふ。冊子の箱に入れるべき冊子どもの、やがて本にもし給ふべきを選らせ給ふ。古へのかみなき際の御手どもの、世に名を残し給へる類のも、いと多く侍ふ。




明石の姫君の御方は、昔の源氏の宿泊所の淑景舎を改装して、入内が延期になったのを、東宮におかせられても、待ち遠しく思いあそばすので、四月に、入内と決める。
道具類も、元からあった上にも、立派に支度し、ご自身でも、お道具の雛形や図案などをも、お目通しされて、それぞれの道の一流中の一流を召して、細かなところまで、立派に作らせる。冊子箱に入れる、冊子などは、そのまま手本になることができるのを選ぶ。上代の、この上も無い、名筆家方が、後世にその名を残した、筆跡類なども、随分沢山あります。




源氏「よろづの事、昔には劣りざまに、浅くなり行く世の末なれど、仮名のみなむ、今の世はいと際なくなりたる。古き跡は、定まれるやうにはあれど、広き心豊かならず、一筋に通ひてなむありける。妙にをかしきことは、とよりてこそ、書き出づる人々ありけれど、女手を心に入れて習ひし盛りに、こともなき手本多く集へたりし中に、中宮の母御息所の、心にも入れず走り書い給へりし一行ばかり、わざとならぬを得て、際ことに覚えしはや。さてあるまじき御名も立て聞えしぞかし。悔しき事に思ひしみ給へりしかど、さしもあららざりけり。宮にかく後見仕うまつる事を、心深うおはせしかど、なき御影にも見直し給ふらむ。宮の御手は、細かにをかしげなれど、かどや後れたらむ」と、うちさざめきて聞え給ふ。




源氏は、何から何まで、昔に比べて、見劣りするように悪くなる末の世だが、仮名だけは、際限なく、立派になった。昔の字は、書き方が定まっているようだが、ゆったりとした感じがあまりなく、一様に、似通ったものになっている。見事で、立派なものは、近代になってから、書ける人が、しきりに出て来たけれど、私が女手を熱心に習っていた頃は、難のつけられない手本を沢山集めた中に、中宮の母御息所が、何の気もなく走り書いた一行ほどの、無造作な筆跡を手に入れて、格別に優れていると、感心した。そういうことで、けしからぬ浮名を立てることになってしまった。癪なことと、思い込んでいらっしゃるだろうが、私は、それほど、薄情ではなかった。中宮に、こうして、お世話役を勤めていることを、お考えの深い方だったから、草葉の陰からでも、見直してくださるだろう。中宮の御筆跡は、こまやかに趣きがあるが、才気はないようだ。と、小声で、お話になる。

源氏の書家たちの、評価である。

いつの時代も、今は、末の世という。




源氏「故入道の宮の御手は、いと気色深うなまめきたる筋はありしかど、弱き所ありて、匂ひぞ少なかりし。院の尚侍こそ、今の世の上手におはすれど、余りそぼれて、癖ぞ添ひためる。さはありとも、かの君と、前斎院と、ここにとこそは書き給はめ」と許し聞え給へば、紫の上「この数には眩ゆくや」と聞え給へば、源氏「いたなう過ぐし給ひそ。にこやかなる方のなつかしさは、ことなるものを。真字の進みたる程に、仮名はしどけなき文字こそ交じるめれ」とて、まだ書かぬ冊子ども作り加へて、表紙、紐などいみじうせさせ給ふ。源氏「兵部卿の宮、左衛門の督などにものせむ。自らひとよろひは書くべし。気色ばみいますかりとも、え書き並べじや」と、我ぼめをし給ふ。




源氏は、故入道藤壺の宮の御筆跡は、まことに深く味わいもあり、美しい手の筋はあったが、なよなよした点があり、余韻が乏しかった。院の尚侍こそ、当代の名人であるが、あまり洒落すぎて、個性が強い。そうは言っても、尚侍の君と、前斎院と、あなたとは、上手だと思う、と認めると、紫の上が、この方々のお仲間入りは、恥ずかしいと、申し上げる。源氏は、ひどく謙遜しては、いけない。柔らかい筆の、親しい感じは、特別なもの。漢字が上手になってくると、仮名は、整わない文字が混じるものだから、と、おっしゃり、まだ書いていない、冊子などを追加して作り、表紙、紐など、大変立派に作らせた。
源氏は、兵部卿の宮、左衛門の督などに書いてもらおう。私自身も、二冊は、書こう。いくら気取っても、私の字も、お二方に並べないことはないだろう。と、自賛する。

なつかしさ
ここでは、親しい、という言葉として、使われている。




墨筆並びなく選り出でて、例の所々に、ただならぬ御消息あれば、人々難き事に思して、かへさひ申し給ふもあれば、まめやかに聞え給ふ。高麗の紙の薄様だちたるが、せめてなまめかしきを、源氏「この物好みする若き人々試みなむ」とて、宰相の中将、式部卿の宮の兵衛の督、内の大殿の頭の中将などに、「葦手歌絵を、思ひ思ひに書け」と、宣へば、皆心心にいどむべかめり。




墨や筆を最上のものを選び出して、いつものご婦人方の所に、特別の依頼を出すと、方々は、難しいと思い、辞退される方もいるので、ねんごろに、依頼される。
高麗渡りの紙の薄様風なのが、非常に優雅なのを、源氏は、あの風流事の好きな、若い人たちを試してみよう、とおっしゃり、宰相の中将、式部卿の宮の兵衛の督、内大臣家の、頭の中将などに、葦手や、歌絵を、各自思い通りに書きなさいと、おっしゃると、皆それぞれ、工夫して、競争するらしい。

宰相の中将とは、夕霧である。




posted by 天山 at 06:14| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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