2014年01月04日

国を愛して何が悪い109

明治の偉大な、教育者であり、農学者であり、内村鑑三と並ぶ、敬虔なキリスト教徒であった、新渡戸稲造が「BUSHIDO---THE SOUL OF JAPAN」日本の魂、という英文の名著を残している。

これは、アメリカで刊行されるや、欧米各国で、ベストセラーになり、日本語版も版を重ねて、世界各国で広く迎え入れられた。

セオドア・ルーズベルト大統領、エジソンも愛読者で、特に、ルーズベルトは、これを一読し、深く感動して、多くの友人、知人に贈呈したという。

何故、新渡戸が、これを書くことになったのか・・・
それは、キリスト教徒である、欧米の知識人たちから、宗教教育のない日本で、人々が、どのように子孫に道徳教育を行なっているのか、という質問、疑問を度々、投げかけられたからである。

それは、欧米人は、宗教教育なくば、道徳というものが、生まれないという、強い観念に縛られているということである。
つまり、宗教がなければ、野放図な人間になってしまうということでも、ある。

とすると、日本には、日常的に、宗教教育に近いものが存在するということである。
道徳教育を、宗教教育と、考えるとすると、である。

日本人の、日常生活の中で行なわれる、様々な、伝統的な、教え・・・
これは、宗教教育ではなく、そのまま、伝統教育といえるものである。

神仏に対して、自然に身に付けた、所作・・・
それは、教えられるというより、自然に身に付けて行くものである。

だから、新渡戸の、武士道という本が出た時に、欧米人は、驚いたのである。
更に、それは、武士の道・・・
彼らには、騎士の道があるではないか・・・

しかし、それとも、違うのである。

だが、武士道とは、武士における、道であろう。
それが、日本人全般に行き渡るという、新渡戸の、武士道というものを、見る価値はある。

武士道はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である。それは古代から徳が乾からびた標本となって、我が国の歴史のサク葉集に保存せられているのではない。それは今なお我々の間における力と美と活ける対象である。それはなんら手に触れうべき形態を取らないけれども、それにかかわらず道徳的雰囲気を香らせ、我々をして今なおその力強き支配のもとにあるを自覚せしめる。・・・
封建制度の子たる武士道の光はその母たる制度の死にし後にも生き残って、今なお我々の道徳の道を照らしている。
新渡戸稲造

新渡戸は、その試みを、第一に、我が武士道の起源および淵源、第二に、その特性および教訓、第三に、その民衆に及ぼしたる感化、第四に、その感化の継続性、永久性を述べるという。

ブシドウは、字義的には武士道、すなわち武士がその職業においてまた日常生活において守るべき道を意味する。
新渡戸

つまり、武人階級の身分に伴う義務である。
武士の掟・・・

それは、民族的特性を極めて、顕著に表現することになる。

ゆえに、非常に難しいものとなる。
武士道に対するものとして、騎士道なるものがあり、だが、それも失われて久しいのである。

勿論、騎士道にも、潜在的に、それに起因する様々な、問題解決の道があり、礼節という意味では、失われていない。
更に言えば、ジェントルマン、紳士という言葉に進化した。

武士道は、道徳原理の掟であり、武士が守るべきことを要求されるものであり、教えられるものである。

それは成文法ではない。
新渡戸

口伝により、もしくは、数人の有名な武士、学者によって、伝えられる、わずかな格言のみ。

むしろそれは語られず書かれざる掟、心の肉碑に録される律法たることが多い。
新渡戸

ちなみに、武士道の大本は、葉隠、という書にある。

鍋島藩の藩士である、山本常朝、やまもとじょうちょう、の、葉隠である。

それは、後々に紹介する。

武士道は、不言不文である。
実行、行為によってのみ、それが表現される。
更に、それは、数十年、数百年を経ての、武士の生活の有機的発達である。

イギリスにおいて封建制の政治的諸制度はノルマン征服の時代に発していると言われるが、日本においてもその興起は12世紀末、源頼朝の制覇と時代を同じくするものと言いうるであろう。しかしながらイギリスにおいて封建制の社会的諸要素は遠く征服者ウィリアム以前の時代に遡るがごとく、日本における封建制の萌芽もまた上述の時代より遥か以前から存在していたのである。
新渡戸

武士の起こる前から、存在していた、武人というもの。

日本最古の歌集、万葉集では、防人が存在する。
更に、朝鮮半島に出兵した兵士たち・・・

武士道の前に、武人の心構えというものがある。

建国の神武天皇の、神武の、武は、矛を収めて、和平によって、政を執り行うという意味で、使われたのである。

武人は、神武天皇からはじまる。
つまり、日本建国から、はじまっているということだ。



posted by 天山 at 04:51| 国を愛して何が悪い3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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