2013年10月05日

霊学125

神秘学では、古来東洋と西洋を区別して、東洋のほうへ移るに従って、民族が若返り、西のほうに向うに従って、民族が老いていく、と考えています。どうしてそう考えるのかというと、たぶん、それは太古に大きな霊的な力が文化形成力となって、西から東のほうに流れていったからだと思います。太古の時代です。
高橋

しかし、これに対する、説得力は弱い。
その根拠は無いのである。
だが、そのように考えるという。

有史時代に入ると、むしろ東の文化が西へ流れていきますから、「光は東方より」と言うように、東のほうが古い文化をもっていることになりますが、オカルティズムでは昔から東方が若さを代表し、西方が老いを代表している、と考えています。
高橋

オカルティズムでは・・・
それは、信じるしかない。
そのように、捉える、考えるということだけである。

その場合、東方のギリギリのところに位置するのが、日本、朝鮮、中国などの東アジア圏です。日本や中国や朝鮮が共通の太古の霊的文化を最終的に受容し、さらにそこからいろいろな形で西のほうに文化を送り出していったと考えています。そして東方の極にある中国、朝鮮、日本の文化を生み出した根源的はシュタイナーの言う「アトランティス文化」なのです。
高橋

さて、そのアトランティス文化は、その大陸が、何処にあり、その大陸が没落した後で、どういう経路を辿り、文化が伝播したのかということが、問題になる。

一応、ここでは、アトランティスを大きな単位の時代を表わす名前であると、考えるとの説である。

ほぼ紀元前百万年くらいから、前一万年くらいまでの、厖大な時代である。

有史時代の文化の発祥の地である、メソポタミア、エジプトなどの、諸文化のルーツも、洪積期や、氷河期といわれている、アトランティス期にあった、と考える。

東方は、このアトランティスといわれる太古の文化を、最後に、それだけ純粋に継承していったとのことである。

シュタイナーは「アジア」という言葉は元々「いちばん霊界に近い土地」という意味だ、と述べています。そこで「光は東方より」という言葉も生じたのですが、この考えからいうと、東方は「若い土地」ということになります。文化の古さからいえば逆にいちばん古いということになりますが、ここでは文化の性質が若い、つまりその文化が地上的にならず、むしろ「霊界」に近い、という意味です。そして、その「若さ」の東の極に、日本や朝鮮が位置付けられているのです。
高橋

オカルト的に、日本を考える時、太古に遡ることのできる、根源の姿を、その地域の民族文化は、何処かに、留めていると、考える。

アラビアでも、メソポタミアでも、エジプトでも、また、ヨーロッパでも、かつて保持していた、太古の文化の匂いのようなものを、現在の民族の魂の中に感じることは、難しいと言う。

現在でも、東アジアには、太古の痕跡が存在する。
生活の中にまで、それが、浸透しているとは、大変なことである。

途方もなく、大きな歴史の連続性の中で、現在まで生き続けてあるという。

それが、オカルト的、霊的に、どんな意図が秘められているのか・・・
そこで、時代霊のことになる。

同じ時代に、世界中のあらゆる人びとに、同じような衝動を与える時代霊にも、二つの側面があるようなのです。
高橋

その時の、状況下にあって、有機的に時代を、変化発展させてゆく、働き。
もう一つは、時代の必然性とは、無関係に、それまでとは、異なる考え方を、人類にもたらす働きである。

突然、革命的に、新しい考え方を吹き込む場合は、たいていの場合は、個人に働きかけ、個人にまったく新しい世界観、人生観、あるいは、新しい発明を可能にする。

大きな着想を与える時代霊、歴史的必然性の中で、より保守的な働きをする、時代霊もあるという。

それらを、関連付けて、民族とは、何かを考える時、より具体的になる。

自分の自我が民族とどう関わっているか、自分のアストラル体が民族とどう関わっているか、エーテル体はどうか、肉体はどうか。肉体の場合の民族問題とは、むしろ人種問題のことになるわけです。
高橋

言語、生活習慣、土地、人間関係の中で、民族を考える。そして、様々な、時代霊の働きを、民族を通して、体験する。

同じ民族霊といっても、無意識的な部分で働くもの、言語のような、意識的な部分で働く霊も存在する。

オカルト的、霊的に、民族を考える場合、神秘学は、そう言うのである。

眼に見えない働きを、霊と、総称することは、問題はないが・・・

つまり、現実の世界は、眼に見えない、霊の世界との、関わりで、成り立っているということになる。
それが、神秘学であり、神智学であり、シュタイナーの人智学であるということになる。

そして、融合の思想である。
異質なものを、融合させる・・・
それを、霊的なものとして、解釈するということだ。

日本には、祖霊文化がある。
先祖を総称して、祖霊が存在し、祖霊が、現在の人間に関わると、考えるのである。
その、祖霊も、高い位と、低い位がある。
高い位の霊を、神と呼んだりする。
というより、日本の場合は、死者を、神として、御祀りするのである。

だが、それは、人間側のことである。

低い位の霊は、それなりに、働きかけるが、高い霊、霊位になると、全く、その働きかけは、見えない。
それを、民族霊、時代霊と、考えることも出来るが・・・

霊媒にかかる、あるいは、姿を見せる幽霊・・・
低い位の霊たちである。

明らかに、コンタクトする霊は、低い位である。




posted by 天山 at 06:19| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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