2013年09月07日

伝統について62

里遠み 恋ひわびにけり 真澄鏡 面影去らず 夢に見えこそ

さととおみ こひわびにけり ますかがみ おもかげさらず いめにみえこそ

里を遠く離れて住んでいるので、恋しさに萎れてしまった。真澄鏡のように、いつも面影が、夢に見えて欲しい。

恋ひ わびにけり
恋に萎れるのである。
わび、という言葉の原型がある。

そこから、侘しい、そして、侘びという、心象風景を創るのである。

それが、芸術の一つの形となると、侘びは、単なる、萎れる様子ではなく、風情として甦る。
侘びという哀感ではなく、哀感美感である。

剣刀 身に佩きそふる 丈夫や 恋とふものを 忍びかねてむ

つるぎたち みにはきそふる ますらおや こひとふものを しのびかねてむ

剣、太刀を身に帯びる丈夫も、恋と言うものに、堪えられないのだろうか。

丈夫という、男らしいものでも、恋と言うものには、堪えられぬのである。

そして、その男であれば、こそ、歌をも詠むのである。
文武優れたる者も、歌詠みをする。

歌の道は、床しいだけではないのである。
武き者も、歌詠みをする風情を持つ。

剣刀 諸刃の上に 行き触れて 死にかも死なむ 恋ひつつあらずは

つるぎたち もろばのうえに ゆきふれて しにかもしなむ こひつつあらずは

剣、太刀の諸刃の上に当たり、触れて、死ぬなら死んでもよい。これほど恋に苦しむなんて。

恋の苦しみは、死ぬほど、辛いもの。
どんなに、力の強い男でも、恋には、適わないのである。

強い男を優しくする、恋と言うものである。

うち鼻ひ 鼻をそひつる 剣刀 身にそふ妹し 思ひけらしも

うちはなひ はなをそひつる つるぎたち みにそふいもし おもひけらしも

大きく、くしゃみをした。剣、太刀のように、わが身に添う妻が、私を思っているのだ。

くしゃみ・・・それを、妻が自分を思っていると感じる。
万葉人ならではの、考え方である。

何気ない、所作の中にも、人の思いを感じ取る感性・・・
原始的であろうか。
現代でも、似たようなことを、感じているはず。

梓弓 末の原野に 鷹狩する 君が弓弦の 絶えむと思へや

あづさゆみ すえのはらのに とかりする きみがゆづるの たえむとおもへや

梓弓の末、スエの野原で鷹狩りするあなたの弓弦のように、仲が絶えるなどとは、思えません。

弓の弦は、絶えないもの。
それに掛けている。

弦が絶えないように、二人の仲も、絶えないという願いである。

日常の行為の中に見る、歌の数々。
皆々、恋というものに、かけて、詠う。

大らかで、素直で、実に良い。



posted by 天山 at 06:15| 伝統について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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