2013年09月04日

霊学118

二十世紀初頭の新しい反合理主義運動というのは、近代の精神史の流れを辿っていくと、とつぜんなにかぜんぜん違ったニュアンスと香りと雰囲気と、それからある種の基本姿勢みたいなものを感じさせるのです。ちょうど十八世紀末の頃に、シュトゥルム・ウント・ドラング運動とか、シラー、ゲーテ以来の古典主義運動や浪漫主義運動が起こったときにも同じ感じがあり、ヨーロッパの精神史を辿ってこの時期にいたると、急になにか一種独特の、いわば親和的な雰囲気が現れてきます。今までとは違った霊的衝動が突然表に現れてくるような感じの一時期に出会うのです。それは十八世紀の80年代から十九世紀にかけてでしょうか。
高橋 巌

このように、神秘学から見ると、霊的衝動ということになる。
どんな表現方法を使っても、いいのだが・・・

霊的衝動となると、その説明が必要である。
それが、神秘学を学ぶということ。
更に、神秘学を身に付けるということ。
その、行を行なうことになる。

さて、同じように、十九世紀末から、二十世紀初頭のヨーロッパの思想も、今までとは違う形相になる。

それも、神秘学から言うと、一種の霊的雰囲気のようなもの・・・
との、表現になる。

一人ひとりがまったく孤立し、独立して、外にではなく、自分自身の個性の奥底に新しいものを求めようとする姿勢です。
高橋

リルケの書簡や伝記、ハンス・カロッサの自伝的な小説、カンディンスキーの「芸術における霊的なもの」など・・・
それだけ、である。

象徴的なものを取り上げて、その時代精神と考える。
本当だろうか・・・

そして、シュタイナーが予言した、三回の波・・・
それを、歴史的に、当て嵌めて見るのである。
当たり・・・

だから、シュタイナーの云々を言う訳ではない。

その歴史的事実は、省略する。

問題は、シュタイナーの考え方である。
彼は、大きな歴史の流れを辿り、古代ギリシアの頃から、イタリア・ルネサンスの始まるまでの文化を、基本的に、悟性魂、つまり、個別的な人格と知性の、文化だという。

それ以降、15,16世紀から、次第に、その悟性魂の上に、意識魂を発達させたという。

日本でいいますと、だいたい戦国時代の頃から意識魂が目覚める時代に入るのですけれども、その後儒教の悟性魂的側面だけを取り上げて、それを政治権力のイデオロギーに仕立ててきましたから、抑圧する力として、悟性魂の文化が明治の頃まで生きつづけます。
高橋
と、いうことになる。

そして、明治、大正、昭和に渡り、意識魂と、悟性魂との闘いが、続き、第二次世界大戦以後、やっと、日本における、意識魂の文化を手に入れるところであると、する。

そういう、分析をするということである。

ヨーロッパでは、二十世紀の初頭になり、非常にはっきりした形で、悟性魂から、意識魂への、移行があるとする。
それは、理性の文化から、感性の文化であるという。

悟性魂の特徴として、ある権威というものが、必ず存在する。
それが、自分の外にあるもの。

国家、教会、指導者、伝統、家・・・

それぞれの権威に、適応させることで、社会人として、受け入れられるというもの。
そういう、魂のあり方を、悟性魂という。

あくまでも、シュタイナーの定義である。

礼儀作法や、規則なども、悟性魂的な態度を、求められるという。

そこで、意識魂が、目覚めたら、どうなるのか。
それは、個性を生きることである。簡単に言うと。

すると、社会、職場、学校から、はみ出すのである。

シュタイナーは、悟性魂の時代が、何千年も続いたと、考えている。
二十世紀初頭から、悟性魂から、抜けようという、強い衝動が現れてきた。

もっと、高いレベルの、魂のあり方という。それが、意識魂である。

合理主義の文化は、その意識魂を否定して、支配し、支配される関係、あるいは、優劣が常に問題とされる関係を作り続ける。
本質的に、人間の、悟性魂だけを、優先させる。

ゆえに、意識魂の文化を創ろうとしたら、合理主義を克服して、新しい、反合理主義を打ち立てる必要がある。

それが、感性であると、相成った。

その場合の、感性とは、意識魂の感性であるということ。
悟性魂の感性ではない、ということである。

シュタイナーは、悟性魂よりも、進化した魂の在り方で、それは、内的に、自分自身の存在の根拠を自覚できる、魂であるとする。

自覚とは、自己を意識することで、自分自身の存在の根拠を、一人一人が、自分で意識化することのできる、魂の働きであるとする。

意識魂は、外に権威が無くても、自分の内部に、行動の基準を見出せる、魂である。

例えば、レンブラント、ベートヴェン、ゲーテなどのように・・・
そういう人たちが、二十世紀初頭に、多くの人たちに、広がったのである。

自分自身だけを頼りに生きることに本来の生きがいを感じるようになるのです。
高橋

意識魂の文化は、常に、自由と愛情とによる、自己確認を求めるというのである。




posted by 天山 at 05:27| 霊学3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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