2013年06月03日

もののあわれについて615

暁方に風すこししめりて村雨のやうに降り出づ。「六条の院には離れたる屋ども倒れたり」など人々申す。風の吹きまふほど、広くそこら高き心地する院に、人々、おはします大殿のあたりにこそ繁けれ、東の町などは人ずくなに思されつらむと驚き給ひて、まだほのぼのとするに参り給ふ。道のほど横ざま雨いとひややかに吹き入る。空の気色もすごきに、「あやしくあくがれたる心地して、何事ぞや、またわが心に思ひくははれるよ」と思ひいづれば、いと似げなき事なりけり、あなものくるほし、と、とざまかうざまに思ひつつ、東の御方に先づまうで給へれば、おぢ困じておはしけるに、とかく聞えなぐさめて、人召して所々つくろはすべき由など言ひおきて南のおとどに参り給へれば、まだ御格子も参らず。




明け方に、風は少し湿気を含み、雨が村雨のように降り出す。六条の院では、離れている建物が、幾つも倒れた、などと、人々が報告する。風が吹き荒れている間、広々として、幾棟も高い六条の院で、召使どもが、殿のいらっしゃる御殿近くに、大勢いようが、東の町などは、人が少なく、心細く思われるだろうと、気付き、まだ東の空が、ほんのりとする前に、お出でになる。
その途中、横殴りの雨がとても冷たく吹き込む。空の様子も恐ろしく、とても変で、魂と雲と共に迷い出てゆきそうである。何と言うことか。もう一つ、自分に、物思う心がついたのだ、と、意識する。まことにけしからんことだ。何と狂気じみている。と、あれこれ思いながら、東の御方、花摘里に、お出でになると、怖がりきっている。色々と、気持ちの安らぐように申し上げ、下男を呼び、あちこちと、修繕するところを命じる。そして、南の御殿に上がられると、まだ格子も上げていない。

いと似げなき事なりけり
紫の上を思うことである。




おはしますにあたれる高蘭におしかかりて見渡せば、山の木どもも葺きなびかして枝ども多く折れふしたり。叢はさらにもいはず、ひはだ、瓦ねところどころのたてじとみ、透垣などのやうのもの乱りがはし。日のわづかにさし出でたるに、憂へ顔なる庭の露きらきらとして、空はいとすごく霧り渡れるに、そこはかとなく涙の落つるを、おしのごひ隠してうちしはぶき給へれば、源氏「中将の声づくるにぞあなる。夜はまだ深からむは」とて、起き給ふなり。何事かあらむ、聞え給ふ声はせで、大臣うち笑ひ給ひて、源氏「いにしへだに知らせ奉りずなりにし暁の別れよ。今ならひ給はむに心苦しからむ」とて、とばり語らひ聞え給ふけはひどもいとをかし。女の御いらへは聞えねど、ほのぼの、かやうに聞えたはぶれ給ふ言の葉のおもむきに、ゆるびなき御中らひかな、と、聞きい給へり。




二人のおいであそばすお部屋の前にある、高蘭に寄りかかり、お庭を見ると、築山の木を何本も吹き倒し、枝が沢山折れていた。草むらは、言うまでもなく、ひわだ、瓦、たちこちの垣根、透垣なども倒れて、散乱している。
日が少しばかり差してきて頃、心配顔の庭が、きらきらと輝いて、空一面に霧がかかって、何となく、涙が落ちる。それを押しぬぐい、咳払いをすると、源氏が、中将が来ているようだ。夜はまだ深いことであろうに、と、起きるようである。何事かと、おっしやり、お声は聞えないが、殿が笑い、昔でさえ、知らせずに終わった暁の別れ。今頃いつもになっては、大変だろう、と、しばらくの間、話し合っている様子は、また素晴らしい。女の返事は聞えないが、かすかながらも、このように冗談を言っている、やり取りの様子で、水も漏らさぬ仲だと、聞き入っていた。

ゆるびなき御中からひ
隙のない関係である。




御格子を御手づからひきあげ給へば、気近きかたはらいたさに立ちのきて侍ひ給ふ。源氏「いかにぞ、よべ宮は待ち給ひきや」、夕霧「しか、はかなきことにつけても涙もろにものし給へばいと不便にこそ侍れ」と申し給へば、笑ひ給ひて、源氏「今いくばくもおはせじ、まめやかに仕うまつり見え奉れ。内の大臣はこまかにしもあるまじうこそ憂へ給ひしか。人がらあやしうはなやかにををしき方によりて、親などの御孝をもいかめしき様をばたてて、人にも見おどろかさむの心あり、まことにしみて深き所はなき人になむものせられける。さるは心のくま多くいとかしこき人の、末の世に余るまで才類なく、うるさながら、人としてかく難なき事はかたかりける」など宣ふ。源氏「いとおどろおどろしかりつる風に、中宮にはかばかしき宮司など侍ひつらむや」とて、この君して御消息聞え給ふ。源氏「夜の風の音はいかが聞しめしつらむ。吹きみだり侍りしにおこりあひ侍りていと堪えがたき、ためらひ侍る程になむ」と聞え給ふ。




御格子を殿ご自身で上げられるので、あまりお傍近くて、具合が悪いと思い、立ち退いて、控える。源氏は、どうだった、昨夜は宮はお待ちで喜んでいただろう。夕霧は、さようでございます。ほんの少しのことでも、すぐ、涙を流しまして、まことに困ります。と、申し上げると、笑い、もう、大して長くもないだろう。ねんごろにお仕え申し、精々、お伺いすることだ。内大臣は、細かいところまで気をつけてくれないと、苦情を言っていた。性格は、凄く派手で、テキパキとするようだが、親に孝行なども、仰々しくする。世間の目を、驚かせようとする気持ちがあり、本当に心からの、親身さはない人だ。実は、策略に富んでいる、頭の良い人で、この末世には、もったいないほど、学問も並ぶ者がなく、気難しいところはあるが、人しては、これほど欠点がないのは、いないようだ、などと、おっしゃる。
源氏は、大変酷い風だったが、中宮の所には、役に立つ役人などは、いただろうか。と、この君を、お使いに、お手紙をことづける。
源氏は、昨夜の風の音は、どのように、お聞きあそばしたことでしょうか。吹き荒れて、おりました時に、持病がおこりまして、参上をためらっておりますところです。と、申し上げになる。

おこりあひ侍りて
おこり、とは、神経痛のようなもの。




中将おりて、中の廊の戸より通りて参り給ふ。朝ぼらけのかたち、いとめでたくをかしげなり。東の対の南のそばに立ちて御前の方を見やり給へば、御格子二間ばかりあげて、ほのかなる朝ぼらけの程に御簾巻き上げて人々居たり。高蘭におしかかりつつ若やかなる限りあまた見ゆ。うちとけたるはいかがあらむ、さやかならぬ明けぐれのほど、いろいろなる姿はいづれともなくをかし。童べおろさせ給ひて虫の籠どもに露かせ給ふなりけり。しをん、なでしこ、濃き薄きあこめどもに、をむなへしのかざみなどやうの、時にあひたるさまにて四五人つれて、ここかしこの叢によりていろいろの籠どもを持てさまよひ、なでしこなどのいとあはれげなる枝ども取りもて参る、霧のまよひはいとえんにぞ見えける。




中将、夕霧は、縁からおりて、中の廊の戸を通り、お出でになる。朝日を受けた姿は、立派であり、見事だ。東の対の南側に立ち、寝殿の方を遥かに見ると、御格子を二間ほど空けて、ほんのりとした弱い朝日の光の中に、御簾を巻き上げて女房たちが、座っている。
高蘭に寄りかかり、若々しい女房ばかりで、大勢が見える。くつろいだ姿は、よく見れば、どのようなのかわからないが、ぼんやりした夜明け前の暗さでは、色々な美しい色の衣装を着ている姿は、どれも、見事である。女の童を庭に下ろして、虫篭を幾つも持たせて、露をやっているのである。紫苑、撫子、紫の濃いものや、薄いものや、あこめの上に、女郎花のかざみなどを着た、季節に相応しい服装で、四、五人連れ立って、あちこちの草むらに近づき、色とりどりの虫篭を持って、歩き回り、撫子などの、見るからに痛々しい枝を何本も取って、持って来る姿が、霧の中にかすんで見えるのは、実に、妖艶な気色である。

なでこしのいとあはれげなる枝ども
撫子のとても、あはれ、なる・・・つまり、痛々しい、酷い・・・などの意味として考える。

いとえんにぞ見えける
とても、艶に見えるのである。




posted by 天山 at 05:38| もののあわれ第12弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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