2013年05月30日

霊学109

無意識・・・
ピエール・ジャネ

まるで精神のなかに二種類の活動、互いに補い合い、ときには互いに防げ合う二種類の活動が存在するかのように、ことは運んでゆく。意識活動は、数に大小はあるが、与えられたさまざまな現象を、新たなひとつの現象に・・・それらを構成要素としつつもそれらとは異なった新たな現象にまとめてゆく綜合活動である。それは真の創造である・・・

「しかし、人間精神のなかには第二の活動、わたしとしては保守活動という以外にはよい名称が思いつかない活動が存在する。いったん出来上がった綜合は破壊されることなく、統一性を保ち、その構成要素を最初に配置したままの秩序で保持する・・・それだけではない、先に遂行された綜合が完成ではなく、精神のなかにいまだ構成要素の一部しか存在しない場合、保守活動がそれを補いにくる。当初の全体性を再生するために必要な欠如要素を追加するのだ。」この二つの活動は通常並存し、人生のさまざまな行為を分担している。自動的活動は反復しても不都合のない低次元の行為を司り、精神は応用を必要とするより複雑な行為をコントロールしている。「しかし、この創造的活動が人生の初期に大いに働き、大量の構成要素を集積したあと、突然活動を止め、人生の終わりがくる前に休止するようなことがあると、精神はただひとつの力の活動に、制御のなく委ねられてしまうようになる。」

つまり、無意識である。

それは、人間自体が、二重であるということだ。

その無意識の利用の仕方・・・
それで、治療医学・・・
心霊・・・

無意識に関しての、哲学的影響は、無視できないものになる。

霊能力というもの・・・
無意識で説明可能になる場合、多々あり。

無意識の世界は、魑魅魍魎の世界であるから、何でも可能である。
だが、それで、すべてが解決することはない。

見えない無意識の世界である。
そこには、更なる、オカルトの世界がある。

科学が完全足りえないように、無意識に関しての考え方も、完全足り得ないのである。

故に、何があっても、驚かない。
無意識を開放したら、何でもあるということになる。
ただし、狂う。

霊能者でも、狂えば、誰もが解る。
だが、狂う手前であれば、解らない。

私が、この宇宙を支配している者である・・・と、言えば、狂っている。
しかし、この宇宙を支配している、神とのコンタクトが出来ると言えば、まだ話は聞けるのである。

そして、多くの霊能者は、後者の方である。
狂った者は、病院に運ばれる。

反社会的カルト集団の教祖は、解脱したと、言った。
自己申告であるから、誰も、何も言えない。
ただし、それを信じた人たちがいる。
そして、彼により、その段階の認定を得た。本当か嘘か、解らないが・・・

宗教に入信して、天国に行く、極楽に行く・・・
それは、単純素朴な、心情である。

だが、二千年前に、亡くなった、開祖が現れて云々となると、おかしくなる。
更には、想像の産物である、神仏が現れて云々・・・
もう、話が出来ない状態になる。

心霊研究に戻る。

心理学的にはただひとりの個人がいるわけではない。人間の内部にはただひとつの自我があるわけではなく、一群の自我が存在するのだ。そして意識現象であるように見えている事象は、じつはわれわれの意識とは異質のままであり、人体のなかでわれわれの意識と結びついたさまざまな別意識のうちで生起するのである。これらの意識は、解剖学的には神経節システムの一連の神経中枢として表象される階層をなしている。
デュラン・ド・グロ博士

科学的研究の段階では、超常現象は、人間の何らかの側面、一般的に言えば、無意識的な側面に関係するということになる。

人間の隠れた特殊能力ではなく、無意識によるものであるということでは、心霊研究自体が、後退することになるのである。

無意識ではあるが、知性をもった心理学的自動症が存在する。意識して望んだのではないのに、自発的であり知的であるように見える行為を産み出すのだ。
グラッセ博士

グラッセ博士が、グロ博士に続いて採用した、多角形精神構造という概念がある。
「多角形」精神構造の内部には、高次の精神構造と同じ諸能力の完全なセットが存在すると言う。

これらの能力は、通常の生活では、階層化されて、高次の世話威信構造に従属するものである。

この説明は、省略する。

一つ面白いのは、占いの現場である。
すべての占いの現場では、何らかの多角型構造の分離を促進しているに過ぎないとなる。

つまり、占いの相談者は、ほとんど感知できない無意志的なリアクションにより、あらゆる兆候に対して、知覚過敏状態にある占い師を、誘導しているというものである。

そうすると、心霊現象も、霊媒の病理学的自動症が、参加者の正常な心理学的自動症によって、増幅されたものと、説明できる。

二重人格、霊の憑依も同じく・・・

霊が憑依した霊媒は人格が変わった主体である。ただし催眠術の場合と同じように、変化するのは多角形構造の人格であり、これが、他から吹き込まれた、あるいは想像上の示唆に対して、次々と適応してゆくのである。
グラッセ

オカルト現象と呼ばれる驚異的現象の特別な性質は厳密に証明されたわけではなく、未知の実在を肯定する根拠となっている実験や事象は、イカサマと心理学的・病理学的自動症によって説明できるのである。
クロック博士




posted by 天山 at 05:42| 霊学2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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